アラビンド・スリニバスの経歴。OpenAIから起業へ
Perplexity AI(パープレキシティ・エーアイ)社の創業者アラビンド・スリニバスは、インド・チェンナイ出身のAI研究者だ。インド工科大学マドラス校(IIT Madras)では電気工学を専攻したが、入学後にコンピュータサイエンスへの転専攻を試み、わずか0.01点差のGPA不足で却下された。それでもAIへの関心は止まらず、独学で機械学習の基礎を積み上げ、在学中にILCR・NeurIPSといったトップカンファレンスに論文を通した。その実績でカリフォルニア大学バークレー校の博士課程に進み、強化学習とTransformerの交差領域を研究。2021年にはTransformerで強化学習を解くアーキテクチャ「Decision Transformer」を共著で発表し、博士号を取得した。在学中から DeepMindとGoogleで研究インターンとして経験を積み、卒業後はOpenAIにリサーチサイエンティストとして加わった。
起業の決断には、二つの出来事が重なった。一つは、DeepMindのロンドン研究所でインターンをしていた時期に読んだ『In the Plex』という本だ。Googleの草創期を記したジャーナリスト、スティーブン・レヴィの著書で、スリニバスは何度も繰り返し読み込んだという。その中でとりわけ刺さったのが、ラリー・ペイジが「検索は人工知能が解けて初めて本当に解ける問題だ」と述べた一節だった。「Perplexityが今あるのは、ラリー・ペイジが23年前にGoogleに求めていたものだ」と、スリニバスは後にLinkedInで自ら書いている。もう一つは、OpenAI在籍中に大規模言語モデル(LLM)が文章を人間のように理解・生成できると身をもって確認したことで、「検索という行為そのものを根本から変えられる」という確信に変わったことだ。28歳になった2022年秋、「年齢とともに認知能力は落ちていく。今起業しなければ後悔する」という判断のもと、OpenAIを離れPerplexity AIを創業した。
共同創業者の顔ぶれは、この着想を技術として完成させるために必要な経歴が揃っていた。CTOのデニス・ヤラッツはニューヨーク大学のPhD課程で強化学習・NLPを研究し、Microsoft時代にBing検索エンジンの開発に携わり、その後Meta AIの研究機関FairでAI研究者を6年間務めた。検索エンジンの実装と最先端AI研究の両方を経験した人物だ。アンディ・コンウィンスキーはバークレーでPhDを取得し、大規模分散処理基盤Apache Sparkを開発してDatabricksを共同創業した、データ処理の第一人者。ジョニー・ホーはQuora出身のエンジニアで、Q&Aプラットフォームの知見を持ち込んだ。「検索×LLM」という技術的に難易度の高い掛け合わせを実現するための、理想的な布陣だった。
検索エンジンと似て非なる「アンサーエンジン」
I reached out to Chrome to offer Perplexity as a default search engine option a long time ago. They refused. Hence we decided to build @PerplexityComet browser.
— Aravind Srinivas (@AravSrinivas) 2025年7月9日
“ずいぶん前に、Chromeへ「Perplexityを既定の検索エンジンの選択肢に入れてほしい」と持ちかけた。断られた。だから我々はCometブラウザを作ることにした。”
共同創業者兼CEOアラビンド・スリニバス(@AravSrinivas)2025年7月の投稿より(日本語訳)
Perplexityが提唱する「アンサーエンジン」というコンセプトは、Google検索との根本的な違いを示している。
Google検索で「東京からニューヨークまでの飛行時間」と検索すると、航空会社のサイト、旅行ブログ、Q&Aサイトなど、十数件のリンクが表示される。ユーザーはそれらを一つ一つクリックし、広告を避けながら、必要な情報を自分で探し出さなければならない。
Perplexityで同じ質問をすると、「直行便で約13〜14時間」という答えが、出典となるソース付きで即座に表示される。さらに「時差は?」「安い時期は?」といったフォローアップ質問が提案され、対話的に情報を深掘りできる。
これは、クレイトン・クリステンセンが提唱した「イノベーターのジレンマ」の教科書的な事例だ。Googleは技術的にPerplexityと同じことができる。実際にGeminiやAI Overviewsといった機能を導入している。しかし、既存の広告収益を毀損するリスクから、全面的なAI検索への移行には踏み切れない。
Perplexityにはこうした制約がない。クライアントの意向を優先する広告モデルに縛られないため、純粋にユーザー体験だけを追求できる。これこそが、小規模スタートアップが巨大企業に挑める構造的な利点だ。
ジェフ・ベゾスからの出資と急成長の軌跡
Perplexityの成長スピードは、AI時代のスタートアップの可能性を象徴している。
- 1
2022年8月。創業アラビンド・スリニバス、デニス・ヤラッツ、ジョニー・ホー、アンディ・コンウィンスキーの4人で創業。
- 2
2023年3月。シリーズANEAリードで2,560万ドルを調達。評価額はこの時点で約1億5,000万ドル。
- 3
2024年1月。シリーズBIVPリードで7,360万ドルを調達。NVIDIA、ジェフ・ベゾス(ベゾス・エクスペディションズ経由)、Shopify CEOのトビアス・ルトケらが参加。評価額5億2,000万ドル。
- 4
2024年8月。シリーズCSoftBankビジョン・ファンド2が主導し2億5,000万ドルを調達。評価額は30億ドルに。
- 5
2024年12月。シリーズDIVP・SoftBank共同リードで5億ドルを調達。評価額は90億ドルに達した。
- 6
2025年5月。シリーズEAccelリードで5億ドルを調達。評価額は140億ドルに。
- 7
2025年9月。評価額200億ドル超2億ドルを追加調達し、評価額は200億ドルを突破。2026年時点では220億ドル超に達している。
特に注目すべきは、ジェフ・ベゾスの個人出資だ。Amazonを創業し、世界最大のEC企業に育て上げたベゾスが、「検索の未来」に賭けた。ベゾス自身がGoogleの初期投資家でもあった事実を考えると、この出資は象徴的な意味を持つ。
他にもNVIDIA、Databricks、Shopify CEOのトビアス・ルトケ、元GitHub CEOのナット・フリードマンなど、テック業界の重鎮が個人的に出資している。単なる財務的な投資ではなく、「AI検索の時代が来る」というテック業界全体の見方を反映した布陣といえる。
Perplexityの技術的アプローチ
Perplexity for Notes, Meetings, Brain Dump, etc will just be native to Comet. It’s just going to aggregate all productivity software and tools! https://t.co/MPdm9N5EfP
— Aravind Srinivas (@AravSrinivas) 2025年7月3日
“メモ、会議、頭の中の書き出しといったPerplexityの機能は、そのままCometに組み込まれる。生産性ソフトやツールを、まとめて束ねていくことになる。”
共同創業者兼CEOアラビンド・スリニバス(@AravSrinivas)2025年7月の投稿より(日本語訳)
Perplexityの技術的な特徴は、単にLLMを使って回答を生成するだけではない点にある。
「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」と呼ばれるこのアプローチが、Perplexityの核心技術だ。LLMだけに頼ると、学習データにない最新情報には答えられず、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクも高い。Perplexityはリアルタイムのウェブ検索とLLMの生成能力を組み合わせることで、この問題に対処している。
この変化は、メディア業界、教育、ビジネスのあらゆる領域に影響を及ぼす。たとえば、SEO(検索エンジン最適化)という産業そのものが再定義される可能性がある。AIが直接回答を返す世界では、「検索結果の1位に表示される」ことの意味が根本的に変わるからだ。
Perplexityがわずか4年で評価額220億ドルを超えたという事実は、AI時代のスタートアップが過去に比べて格段に速く成長できることを示している。LLMというインフラが整った今、「何を作るか」のアイデアと「どう作るか」の実行力があれば、短期間で巨大なインパクトを生み出せる時代が来ている。
日本は世界第4位の経済大国であり、情報検索の市場規模も巨大だ。しかし、日本発のAI検索サービスはまだ存在しないに等しい。Perplexityの物語は、「検索」という最も身近なインターネット体験すら、AIの力で再構築できることを示している。
Google検索が誕生してから25年以上が経った。その間、検索体験の本質はほとんど変わらなかった。しかし今、Perplexityに代表されるAIネイティブなサービスが、この停滞を打ち破ろうとしている。日本の起業家にとって、これは脅威ではなくチャンスだ。AI時代の「当たり前」を自分たちの手で作る。その可能性は、今この瞬間も広がり続けている。
起業家への示唆
this is one of the reasons why despite the advice of so many people to not venture into the browser war, we actually have to. there's no way to handle what they do with these constant reminders with the highlighted option being to switch rather than stay. comet ftw! https://t.co/WPk8wM6dlC
— Aravind Srinivas (@AravSrinivas) 2025年3月10日
“多くの人から「ブラウザ戦争には手を出すな」と助言された。それでも我々がやらざるを得ない理由のひとつがこれだ。既定のブラウザを変えろという通知が繰り返し出て、目立つ選択肢はいつも「乗り換える」側になっている。この構造には抗えない。Cometで行く。”
共同創業者兼CEOアラビンド・スリニバス(@AravSrinivas)2025年3月の投稿より(日本語訳)
- 1
「先人の未完の構想」を探すスリニバスは「Perplexityは、ラリー・ペイジが23年前にGoogleに求めていたものだ」と言い切った。偉大な先人が「なぜかできなかったこと」には、技術の進歩で解決できる問題が潜んでいる。既存の巨大企業の創業理念に立ち返ると、次のビジネスの種が見えてくる。
- 2
既存プレイヤーの「変われない理由」を逆手に取るGoogleは技術的にAI検索を実現できたが、広告収益モデルへの依存がフルシフトを阻んだ。競合の「変われない構造的な理由」を特定できれば、それ自体がスタートアップの参入余地になる。大企業が守りに入る場所こそ、攻め時だ。
- 3
研究と製品の両方を経験できる場所に身を置くスリニバスがPerplexityを作れたのは、DeepMind・Google・OpenAIで最先端の研究に触れながら、実際のプロダクト開発の感覚も身につけていたからだ。純粋な研究者でも純粋なエンジニアでもない、その交差点にいたことが決定的だった。
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



