半世紀以上にわたって防衛産業を動かしてきたのは、いつも同じ顔ぶれの大企業だった。政府が発注し、コストが膨らむほど企業は潤うという歪な構造が、産業自体のイノベーションを阻んできた。そこにVRヘッドセットを作った若き起業家がシリコンバレーの発想スタイルと共に乗り込んで、潮目が急激に変わりつつある。自律兵器プラットフォームを展開するスタートアップのAnduril社が、なぜ今最も注目される防衛テック企業と評されるのか、その実情に迫る。
コストアップが状態化した防衛産業

アメリカの防衛産業は、数十年にわたって同じ構造の中で動いてきた。Lockheed Martin、Raytheon、Northrop Grumman、Boeing、General Dynamicsといういわゆる「Big 5」と呼ばれるレガシー防衛企業が、国防総省の予算の大部分を独占してきた。
問題の根源は「コストプラス契約」という原価加算型の契約にある。開発にかかった全コストに一定の利益を上乗せして請求するこの契約方式では、そもそもコストを削減するインセンティブが構造的に存在しない。むしろ開発期間が延びたり、仕様変更などでコストが膨らむほど受注企業の利益は増えるのだ。第5世代の最新鋭戦闘機 F35の開発費が当初見積もりの2,330億ドル(約36兆1,150億円)から4,000億ドル超(約62兆円〜)に膨れ上がってしまったのは、その象徴的な事例と言える。
1日単位の超高速サイクルで開発が進むシリコンバレーのテック業界と、10年単位でゆっくり進む防衛産業。この圧倒的なギャップに一人の若き起業家が挑み始めた。それがVRヘッドセットの代表的ブランド『Oculus』を作ったパルマー・ラッキーだ。
VRヘッドセットのコレクターが気付いたこと
I have to give some credit to our earliest investors for helping me come to that conclusion.
— Palmer Luckey (@PalmerLuckey) 2025年2月11日
All of them had worked with me for years via Oculus VR, and when they saw the EagleEye headset in our first Anduril pitch deck draft, they pointed out that it seemed like I was…
“その結論に行き着けたのは、最初期の投資家たちのおかげでもある。彼らは全員、Oculus VRの頃から何年も私と一緒に仕事をしてきた。Andurilの最初のピッチ資料の草案にEagleEyeヘッドセットが入っているのを見て、私がやろうとしていることの本質を指摘してくれた。”
共同創業者パルマー・ラッキー(@PalmerLuckey)2025年2月の投稿より(日本語訳)
パルマー・ラッキーは、テック業界でも異色の存在だ。カリフォルニア州ロングビーチで母親から自宅教育を受けて育ち、幼い頃からガレージでテスラコイルやレーザー、レールガンを自作するほど電子工作に没頭していた。16歳の頃には、eBayで購入した旧式の軍用VRシミュレーターや80〜90年代の特許文献を独学で読み解きながら、50本以上のプロトタイプを作り続けた。やがてVRヘッドセットの個人コレクターとしても知られ、当時50台以上を収集して「世界最大の個人コレクション」と評された。
転換点は2011年夏だった。ラッキーは、当時VR研究の第一人者であり、VRで戦場体験を再現することで退役軍人のPTSDを治療する軍の研究プロジェクトを率いていた南カリフォルニア大学(USC)のマーク・ボラス教授に、「無給でもいい」とコールドメールを送ってインターンを志願した。運良く採用されたラッキーは、ここで初めてハードウェアが実際の軍事ミッションに使われる現場を目撃する。同時に、コスト超過と開発期間の長期化が常態化した防衛テック産業の深刻な機能不全を間近で感じることができた。そして、それがAnduril設立の原点となった。17歳で完成させたヘッドセットの試作機は視野角90度、低レイテンシ(遅延が少ない)を実現。Kickstarterで240万ドル(約3億7,200万円)を調達してOculus VRを設立し、2014年にMetaに20億ドル(約3,100億円)で売却。当時わずか21歳だった。
しかし、2016年にトランプ支持団体への寄付が発覚し、翌2017年3月にFacebookを離れた。当時、Googleがドローン映像解析プログラム「Project Maven」から撤退するなど、シリコンバレー全体が国防との関わりを忌避する空気が漂っていた。ラッキーはその状況に反発を感じていた一人だった。「もうレッテルは貼られたし、評判はこれ以上悪くなりようがない。だからこそ、誰もやりたがらないことをやれる」。ラッキーは24歳で現在のAndurilを設立し、防衛産業という全く異なるフィールドに飛び込んだ。
この構想には、布石があった。2014年6月、カナダ・ブリティッシュコロンビアのソノラ島で開かれたFounders Fundの合宿で、ラッキーはトレイ・スティーブンスと出会い、スタートアップの手法を国防に持ち込むというアイデアで意気投合した。スティーブンスはジョージタウン大学でアラビア語・安全保障を学んだ後、米インテリジェンス・コミュニティで計算言語学者として勤務。その後Palantirの初期メンバーとして参加し、防衛・情報機関向け事業を主導した経験を持つ。Palantir退職後はFounders Fundのパートナーとして、ラッキーへの出資を担当した人物でもある。もう一人の共同創業者ブライアン・シンプフは、コーネル大学の自律走行車研究チームでDARPAチャレンジに出場した後、Palantirに新卒入社。約10年かけてエンジニアリング組織を率い、現在世界中で使われるデータ統合プラットフォーム「Foundry」を開発した。スティーブンスは現在Andurilの会長、シンプフはCEOを務める。ラッキーのハードウェアエンジニアリング能力と、両者の政府調達・システム構築の知見が組み合わさった。社名「Anduril」は、『指輪物語』に登場する伝説の剣から取られている。「西方の炎」を意味する名だ。
2017年の創業以来、Andurilは資金調達を重ねてきた。2025年6月のシリーズGで25億ドル(約3,875億円)を追加調達し、評価額は305億ドル(約4兆7,275億円)に達した。さらに2026年5月のシリーズHでは50億ドル(約7,750億円)を追加調達し、評価額は610億ドル(約9兆4,550億円)、累計調達額は113億ドル(約1兆7,515億円)超に達している。
戦場を一つのOSで統合・管理するAIソフト
To rebuild the arsenal, we must hyperscale manufacturing. Shorten the Build Chain. Close the Kill Chain. https://t.co/v0wYfo90KO pic.twitter.com/qPsIwhHRVq
— Anduril Industries (@anduriltech) 2026年6月29日
“兵器庫を作り直すには、製造を一気に規模化しなければならない。作るまでの連鎖を短くし、狙いを定めて仕留めるまでの連鎖を閉じる。”
Anduril公式(@anduriltech)2026年6月の投稿より(日本語訳)
Andurilの技術的な中核は、ハードウェアではなくソフトウェアにある。「Lattice」と呼ばれるAIプラットフォームは、戦場全体を一つのオペレーティングシステムとして統合するという、これまでの防衛テックにはなかった発想で設計されている。
従来の防衛システムでは、レーダー、カメラ、通信など各センサーが個別のシステムとして存在し、オペレーターが手動で情報を統合していた。Latticeは、これらすべてのデータソースをAIで自動的に融合し、戦場の「共通運用図(COP)」をリアルタイムで構築する。
Latticeの革新は「ソフトウェアがハードウェアを抽象化する」点にある。どのメーカーのドローンでも、どの型式のセンサーでも、Latticeに接続すれば統一的に制御できる。これは、WindowsやLinuxがハードウェアの違いを吸収したのと同じ発想だ。防衛の世界にOSという概念を初めて持ち込んだ。
評価額 610億ドル(約9.5兆億円)を達成
Andurilの製品ポートフォリオは、Lattice OSを基盤として急速に広がっている。ソフトウェアだけでなく、自社設計のハードウェアプラットフォームを次々と投入し、防衛産業の常識を変えつつある。
- 1Ghost X、自律型無人ヘリコプター垂直離着陸型の無人航空機。偵察、監視、精密打撃に対応し、AIによる自律飛行で通信が途絶えても任務を継続できる。ウクライナでの実戦フィードバックをもとに大幅改良されたGhost Xは、2025年に米軍の電子戦テストをクリアした。
- 2Altius、長距離巡航ミサイル型ドローン地上・航空機・艦艇から発射可能な自律型徘徊弾薬(ローマン・ミュニション)。ALTIUS-600は射程約440km、飛行時間最大4時間。従来の巡航ミサイルよりはるかに低コストで同等の精度を実現し、米空軍特殊作戦軍に採用されている。
- 3Sentry Tower、対UASシステム自律型の監視塔で、ドローンを自動検知・追跡・無力化する。米国南部国境のセキュリティに配備され、不法越境の検知率を大幅に向上させた。
- 4Dive-LD、自律型海中ドローン大型の無人潜水艇で、海底の機雷探知や海中偵察に使用される。従来の有人潜水艦では危険すぎるミッションを自律的に遂行する。
注目すべきは、これらの製品がすべて「ソフトウェア・デファインド」で設計されている点だ。ハードウェアは比較的シンプルに保ち、ソフトウェアのアップデートで機能を進化させる。スマートフォンがOSのアップデートで新機能を獲得するのと同じ発想だ。
防衛テックのビジネスモデル革新
Anduril has selected Columbus, Ohio as the location of Arsenal-1, our first hyperscale manufacturing facility.
— Anduril Industries (@anduriltech) 2025年1月16日
We are investing nearly $1 billion of our own money and will bring more than 4,000 direct jobs in the largest single job-creation project in Ohio history.
Arsenal-1… pic.twitter.com/muLke6fqc2
“Andurilは、初のハイパースケール製造拠点Arsenal-1の建設地としてオハイオ州コロンバスを選んだ。自社の資金からおよそ10億ドルを投じ、4,000人以上の直接雇用を生む。オハイオ州史上、単一の雇用創出としては最大の規模になる。”
Anduril公式(@anduriltech)2025年1月の投稿より(日本語訳)
Andurilの最も大きな変革は、技術そのものよりもビジネスモデルにある。従来の防衛企業が採用する原価加算型のコストプラス契約を拒否し、「固定価格契約」で政府と取引するという、防衛産業では異例のアプローチを取っている。
固定価格契約の下では、開発期間を短縮すればするほどコスト比率が下がり、利益率が上がる。これは、シリコンバレーのソフトウェア企業と同じインセンティブ構造だ。自社で製品を先行開発し、完成品を政府に販売する。このアプローチにより、製品の開発スピードは従来の防衛企業の10倍以上を実現している。
さらに、ソフトウェア・デファインドなアプローチは「ハードウェアの迅速な反復」を可能にする。従来の防衛企業が一つの兵器システムに10年以上をかけるのに対し、Andurilは数ヶ月でプロトタイプを作り、実戦環境でテストし、改良する。ウクライナでの実戦フィードバックを48時間以内にソフトウェアに反映した事例もある。2026年3月には米陸軍から10年間で最大200億ドル(約3兆1,000億円)の大型契約を獲得し、ビジネスモデルの有効性が政府からも認められた格好だ。
防衛産業の岐路に立つ日本が学べること
Andurilの事例は、「政府を顧客にする」テクノロジー企業の可能性を鮮明に示している。日本においても、防衛・安全保障のテクノロジーは急速に注目を集め始めている領域だ。
- 1防衛テックは日本にとっても巨大な機会日本の防衛予算はGDP比2%への増額が進んでおり、2027年度には約11兆円規模に達する見通しだ。この増額分の多くは、新しいテクノロジーの導入に向けられる。従来の防衛企業だけではカバーしきれない領域に、スタートアップが参入する余地が広がっている。
- 2デュアルユース技術の発想Andurilのセンサー融合やAI技術は、災害対応、インフラ監視、海洋安全保障など民間分野にも応用できる。日本のスタートアップも、防衛用途に限定せず「デュアルユース」の観点から技術を開発すれば、市場の裾野は大きく広がる。
- 3「政府を顧客にする」ビジネスの設計政府調達は時間がかかるが、契約が取れれば安定した大型収益が見込める。Andurilのように、先に自社資金で製品を開発し、完成品をデモンストレーションして売り込む方式は、日本の防衛調達でも有効だ。防衛装備庁のオープンイノベーション施策を活用する道もある。
- 4ソフトウェア・ファーストの防衛日本の防衛関連企業はハードウェア偏重だが、Andurilが証明したように、ソフトウェアプラットフォームこそが真の競争力を生む。既存のセンサーやドローンを統合するソフトウェアレイヤーを開発するスタートアップには、大きな可能性がある。
安全保障環境が急速に変化する中、テクノロジーの力で国防を変革する企業の重要性は増すばかりだ。Andurilは、シリコンバレーのスピードと発想を防衛産業に持ち込むことで、わずか9年で610億ドル企業を築いた。日本にも、同様の変革を起こすスタートアップが現れる土壌は整いつつある。
起業家への示唆
- 1傍流の経験が、業界の盲点を見抜くラッキーはVR研究の現場で防衛調達の機能不全を直接見た。本業とは異なる分野での実地経験が、既存プレイヤーには見えていない市場の歪みを教えてくれることがある。業界外の視点を意図的に取りに行くことは、次の事業機会の発見につながる。
- 2評判リスクを逆手に取って、誰も踏み込めない領域に入るAnduril設立時、シリコンバレーは防衛との関わりを忌避していた。「失うものがない」状況が、既存プレイヤーが手を出せない空白地帯への参入を可能にした。レピュテーションリスクが高い領域ほど、競合が少なく参入障壁が逆転しやすい。
- 3ビジネスモデルを変えることが、技術革新より先に効くAndurilが防衛産業を変えたのは、AI技術の発明だけではない。コストプラス契約を固定価格契約に変えるという、インセンティブ構造の転換が根幹にある。既成の業界に入るとき、製品よりも先に「誰が何を得をする仕組みか」を問い直すと、突破口が見つかることがある。
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



