オフィスビルの受付、病院の廊下、学校の校舎。監視カメラは社会インフラの一部になって久しい。しかし、その裏側を支えるシステムは長年、ほぼ更新されてこなかった。クラウドが当たり前になった時代に、なぜ物理セキュリティだけが取り残されているのか。その問いに正面から挑んだのが、Verkada社だ。AIと垂直統合型ハードウェアを組み合わせ、監視カメラ市場の再定義に迫る。

手つかずだった監視カメラ市場

建物に設置された監視カメラ
【仮・要差し替え】カメラだけが、時代に取り残されていた(写真:Shutterstock)

物理セキュリティの市場規模は500億ドル(約7兆7,500億円)を超える。オフィスビル、学校、病院、小売店舗、あらゆる施設に監視カメラが設置されている。しかし、その大半は10年以上前のアーキテクチャで動いている。NVR(ネットワークビデオレコーダー)にローカル録画し、専用ソフトウェアでしか映像を確認できない。

問題は深刻だ。映像データはサイロ化し、遠隔からのアクセスは困難で、障害が起きてもアラートが飛ばない。セキュリティ担当者は、インシデント発生後に何時間もの映像を手動で巻き戻して確認する。事後対応しかできないシステムが、数十年にわたって「当たり前」とされてきた。

500億ドル
物理セキュリティ市場規模
10億台以上
世界の監視カメラ台数
95%
クラウド非対応の既存システム

クラウドがあらゆる産業を変革した時代に、物理セキュリティだけが取り残されていた。この巨大な市場のクラウドシフトに真正面から挑んだのが、Verkadaだ

スタンフォード出身の4人が描いた再設計構想

“アーリーステージの作り手が学ぶべき創業者を一人だけ選ぶなら、フィリップ・カリシャンは上位に入る。彼はXをやらず、取材もほとんど受けず、Verkadaも見出しを追いかけない。それでも最初に組んだとき以来、私は彼から実に多くを学んできた。”

シード期の出資元ファースト・ラウンド ビル・トレンチャード(@btrenchard)2025年12月の投稿より(日本語訳)

Verkadaは2016年、フィリップ・カリシャンを含むスタンフォード大学コンピュータサイエンス学科出身の3人と、Ciscoが12億ドルで買収したネットワーキング企業Merakiの共同創業者でCOOを務めたハンス・ロバートソンの計4人によって設立された。着眼点はシンプルだった。「なぜ監視カメラだけが、まだオンプレミスのままなのか」

CEOのカリシャンには、起業家としての実績がすでにあった。スタンフォード大学在学中の2007年、同期のジェームズ・レンとベンジャミン・バーコヴィッツとともに、大学の履修情報を集約するプラットフォーム「CourseRank」を創業。在学中に外部資金を一切受けずに成長させ、2010年にオンライン教育大手のChegg(チェッグ)が初の買収案件としてCourseRankを取得した。カリシャンはその後4年間、Cheggでプロダクトマネジメントを担った。

CourseRankの売却で得た資金で家を購入した2012年、カリシャンは自宅のセキュリティカメラを導入しようとした。「企業向けなら品質が高いはず」と思い込んでエンタープライズ向けカメラを設置したが、操作の複雑さと映像品質の低さに失望した。同じ2012年、ハンス・ロバートソンもMerakiのオフィスで50台のiPadが盗まれる被害に遭い、証拠映像を確認しようとして監視カメラが何ヶ月も正常に動いていなかったことを知った。この2つの原体験が、数年後にVerkada創業へとつながる。

ロバートソンはMerakiでほぼ10年、クラウド管理型エンタープライズネットワーク製品(Wi-Fi、ファイアウォール、スイッチング)を生み出した経験を持つ。ハードウェアとクラウドを垂直統合し大企業向けに展開するMerakiのモデルを、物理セキュリティに持ち込めば機能するはずだ、という確信はここから始まっている。スタンフォード大で後に同僚となる3人がロバートソンにアイデアを持ちかけた際、ロバートソンが「コンシューマー向けではなくエンタープライズ市場を狙え」と後押ししたことが、Verkadaの方向性を決定づけた。

SaaSがエンタープライズソフトウェアを変え、AWSがインフラを変えた。しかし商業施設の監視カメラは、依然としてNVR、DVR、専用クライアントという古いスタックの上に成り立っていた。Verkadaのアプローチは、ハードウェアとソフトウェアの垂直統合だ。自社設計のカメラにエッジプロセッサを搭載し、クラウドベースの管理プラットフォームと一体化させた。設置はPoE(Power over Ethernet)ケーブル1本で完了し、数分でクラウドダッシュボードに映像が表示される。従来のシステムでは数日かかっていたプロセスだ。

AIコンピュータビジョンの実装

Verkadaの差別化は、クラウド化だけではない。カメラ本体にAIチップを搭載し、エッジ側でリアルタイムの映像解析を行う点にある。人物検知、車両検知、行動パターン分析、これらすべてがカメラ内部で処理される

Verkadaのアーキテクチャ
Edge
カメラ内AI処理
搭載AIチップが映像をリアルタイム解析。人物・車両・異常行動を即座に検知
Cloud
統合管理プラットフォーム
メタデータをクラウドに送信。全拠点の映像を一元管理し、検索・アラートを実行
Insight
分析ダッシュボード
人流分析、混雑度ヒートマップ、インシデント履歴をリアルタイムで可視化

従来のシステムでは、映像をすべてサーバーに送り、そこで解析する必要があった。帯域幅のコストは膨大で、リアルタイム性も犠牲になる。Verkadaは、AIをエッジに置くことでこの問題を解決した。カメラからクラウドに送られるのは、映像そのものではなく、解析済みのメタデータだ。

「ブルーのジャケットを着た人物が、3階のエレベーター前を通過した時刻を検索」。こうした自然言語に近い検索が、数秒で結果を返す。何時間もの映像を巻き戻す必要はもうない。これが、AIが物理セキュリティにもたらした根本的な変化だ。

58億ドル評価とプラットフォーム拡張

“Verkadaの受注が10億ドルを超え、顧客は世界で3万社に達した。私自身、自宅でも職場でも顧客であり、そして初期投資家でもある。フィリップ・カリシャンとチームが積み上げてきた、最良の物理セキュリティ製品群に感謝している。おめでとう。”

初期投資家フェリシス アイディン・センクット(@asenkut)2025年12月の投稿より(日本語訳)

Verkadaは2022年9月のSeries DラウンドでLinse Capital主導のもと2億500万ドル(約317億8,000万円)を調達し、評価額32億ドル(約4,960億円)に到達した。その後も成長を続け、2025年2月のSeries EでGeneral Catalyst主導のもと2億ドル(約310億円)を調達し評価額45億ドル(約6,975億円)となった後、2025年12月にはAlphabetの独立成長ファンドCapitalGが主導するラウンドで評価額58億ドル(約8,990億円)に達した。累計調達額は7億5,700万ドル(約1,173億円)を超える。Sequoia Capital、Felicis Ventures、Next47(SiemensのVC部門)といったファンドも出資陣に名を連ねる。

58億ドル
直近の評価額(2025年12月)
7億5,700万ドル以上
累計調達額
30,000以上
導入組織数

注目すべきは、Verkadaが単なる「クラウドカメラ会社」に留まらなかった点だ。カメラで構築したクラウドプラットフォームを基盤に、入退室管理(アクセスコントロール)、環境センサー、アラームシステムへと製品ラインを拡張した。2025年12月時点では年間受注額が10億ドルを超え、171カ国に200万台以上のデバイスが展開されている。

  • 1
    セキュリティカメラ屋内・屋外・ドーム型など20機種以上。全機種にAIチップ搭載、最大365日のクラウド録画に対応。
  • 2
    アクセスコントロールクラウド管理のドアコントローラーとカードリーダー。カメラ映像と連動し、誰がいつどのドアを通過したかを映像付きで記録。
  • 3
    環境センサー温度・湿度・空気品質・騒音レベルをモニタリング。サーバールームや医薬品保管庫など、環境管理が重要な施設向け。
  • 4
    アラームシステム侵入検知センサーとクラウド管理を統合。カメラ映像との連動により、誤報を大幅に削減。

すべての製品が同一のクラウドプラットフォーム上で動作する。セキュリティ担当者は一つのダッシュボードから、カメラ映像、入退室ログ、環境データ、アラーム状態をすべて確認できる。物理セキュリティの統合プラットフォームを構築した点が、Verkadaが築いた参入障壁の核心だ

規制とプライバシーの課題

街頭の監視カメラ
【仮・要差し替え】監視の精度が上がるほど、規制の議論も重くなる(写真:Shutterstock)

AIを搭載した監視カメラの普及は、必然的にプライバシーの議論を呼ぶ。Verkadaも例外ではない。2021年3月、ハクティビストグループがオンライン上に公開されていた管理者ログイン情報を使ってシステムに侵入し、約15万台のカメラ映像に約36時間アクセスした。病院の集中治療室、刑務所の独房、小学校の教室、Tesla上海工場の内部まで閲覧されるという深刻な事態となった。クラウドに映像データを集約するモデルは、利便性と引き換えに、サイバー攻撃の標的になるリスクを内包している

この侵害を受けて米連邦取引委員会(FTC)が調査を開始し、2024年8月にVerkadaは和解に合意した。和解の内容は2本立てで、まずパスワード管理の不備やデータ暗号化の欠如といったセキュリティ上の問題に対しては、包括的な情報セキュリティプログラムの導入が義務付けられた。加えて、3年間にわたって3,000万件を超える商業メールを送りつけ、配信停止の申請を無視し続けたとして、CAN-SPAM法(迷惑メール規制法)違反の罰金として295万ドル(約4億5,700万円)の支払いが命じられた。FTCが同法違反で科した罰金としては最高額にあたる。

顔認識技術をめぐる議論も続いている。Verkadaのカメラは技術的に顔認識が可能だが、プライバシー規制への対応として、利用範囲の制限やオプトアウト機能の実装を進めている。GDPR、CCPA、各自治体の顔認識禁止条例と、規制環境は複雑さを増している。

Verkadaのアプローチは「コンプライアンス・バイ・デザイン」だ。データ保存期間の柔軟な設定、アクセス権限の細かな制御、監査ログの完全記録。規制対応を後付けではなく、プラットフォームの設計思想として組み込んでいる。この姿勢が、規制の厳しい医療機関や教育機関での採用を後押ししている。

日本のスタートアップが学べること

日本の街に設置された防犯カメラ
【仮・要差し替え】国内の防犯カメラ市場も更新期に入る(写真:Shutterstock)

Verkadaの事例は、レガシーなハードウェア市場をクラウドで変革するモデルの教科書だ。日本にも、同様の構造を持つ巨大市場は数多く存在する。

  • 1
    レガシーハードウェア市場のクラウド変革監視カメラに限らず、ビル管理、工場設備、医療機器。日本にはクラウド化されていない巨大なハードウェア市場が残っている。「既存のハードウェアをそのままクラウドにつなぐ」のではなく、Verkadaのようにハードウェアごと再設計するアプローチが鍵だ。
  • 2
    プラットフォーム戦略の重要性Verkadaはカメラ単体で終わらず、アクセスコントロール、センサー、アラームへと拡張した。一つのプロダクトで顧客基盤を作り、プラットフォームとして横展開する戦略は、日本のハードウェアスタートアップにとっても有効なモデルになる。
  • 3
    AIエッジコンピューティングの可能性すべてをクラウドに送るのではなく、エッジ(端末側)でAI処理を行い、必要なデータだけをクラウドに送る。この設計思想は、帯域幅やレイテンシの制約がある日本の産業IoTにも直接応用できる。
  • 4
    規制をイノベーションの壁ではなく武器にするプライバシー規制に最初から対応した設計は、競合との差別化になる。日本の個人情報保護法やセキュリティ基準への対応を「コスト」ではなく「参入障壁の構築」と捉え直すことが重要だ。

500億ドルの物理セキュリティ市場は、まだクラウドシフトの初期段階にある。Verkadaが示したのは、「古い産業ほど、再定義した時のインパクトが大きい」という原則だ。日本のスタートアップにとっても、レガシー市場にこそ最大のチャンスが眠っている。

起業家への示唆

  • 1
    自分が「ひどい」と感じた製品を徹底的に疑えカリシャンは自宅用カメラの品質に失望し、ロバートソンは盗難事件で監視システムの機能不全を目の当たりにした。どちらも「プロ向け製品なのに、なぜこんなに使えないのか」という個人的な不満が原点にある。技術者が業界の「当たり前」を疑った瞬間に、巨大市場が見えてくることがある。
  • 2
    隣接市場で実績を積んだ共同創業者を引き込むカリシャンがCourseRankでプロダクト設計を学び、ロバートソンがMerakiで「ハードウェア×クラウド×エンタープライズ」のモデルを磨いた。それぞれの経験が組み合わさることで、競合が容易に追いつけない参入障壁が生まれた。「技術×業界知識」の組み合わせを意識して共同創業者を選ぶことが、初期の競争力を左右する。
  • 3
    セキュリティとプライバシーは後から足すな、最初に設計せよVerkadaが2021年のカメラ侵害とFTCの制裁で学んだ最大の教訓は、信頼の毀損は製品の改良では取り戻しにくいという事実だ。特にデータを扱うハードウェアビジネスでは、セキュリティの設計を後付けにすると、成長期に最も高いコストを払うことになる。

参考文献

  • 「Verkada Raises $205M to Build the Operating System for the Physical World」(PR Newswire、2022年9月14日)
  • 「Verkada Raises $200M in Series E Funding」(finsmes.com、2025年2月)
  • 「Announcing our $5.8B Valuation」(Verkada公式ブログ、2025年12月3日)
  • 「Security startup Verkada hits $5.8 billion valuation in latest funding round led by CapitalG」(CNBC、2025年12月3日)
  • 「FTC Takes Action Against Security Camera Firm Verkada over Charges it Failed to Secure Videos, Other Personal Data and Violated CAN-SPAM Act」(FTC、2024年8月)
  • 「Verkada breach exposed live feeds of 150,000 surveillance cameras inside schools, hospitals and more」(Security Magazine、2021年3月10日)
  • 「Report: Verkada’s Business Breakdown & Founding Story」(Contrary Research)
  • 「Verkada Raises $80M at $1.6B Valuation, Enters $7B Access Control Market」(PR Newswire、2020年1月)
  • 「Stanford Q&A with Filip Kaliszan on Building Successful Startups」(Verkada公式ブログ)
  • 「Chegg’s First Acquisition: CourseRank」(TechCrunch、2010年8月18日)

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。