ロボット部品の「空白地帯」

2025年以降、ロボティクス業界は空前のブームに湧き立っている。ヒューマノイド、四足歩行ロボット、家庭用アシスタント、防衛用ドローン etc. テスラの二足歩行型Optimusから著名なBoston Dynamicsまで、ロボットがSFの世界から抜け出し、新たな「ビジネスの場」へと立ち位置を変えつつある。しかしこの華やかなブームの裏側で、ひとつの深刻な問題が放置されていることに気づいた人はそう多くない。

それは「部品」だ。ロボットを作るために必要なモーター、アクチュエータ、制御ボード、通信モジュール…。これらの基幹部品を手に入れようとすると、多くのエンジニアが壁にぶつかる。品質の安定した米国製の部品が、市場にほとんど存在しないのだ。

現状、ロボット開発者の選択肢はほぼ2つしかない。中国メーカーから輸入するか、社内でゼロから自製するか。前者はリードタイムが長く、品質のバラつきが激しい上に安全保障的なサプライチェーンリスクがある。また後者は、当たり前だが莫大な開発コストと時間を要する。どちらにしても、「ロボットの頭脳(AI)は進化しているのに、体(ハードウェア)の調達が追いつかない」という皮肉な状況が生まれているのだ。

この空白地帯に飛び込んだのが、テキサス州オースティン発のスタートアップ、HLabs社だ。

創業者ポール・ヘザリントン、YC2回目の信頼度

HLabsの創業者であるポール・ヘザリントンは、スタートアップ界隈ではすでに知られた名前だ。以前興したスタートアップMysticでは、CEOとして6年間会社を率いた。MysticはML(機械学習)モデルを展開するためのAPIプラットフォームで、2019年に創業し、Y Combinator(米国の著名なスタートアップ育成プログラム)のW21バッチに参加している。そしてHLabsでは、YCへの参加が2回目という、シリコンバレーでも珍しいキャリアの持ち主だ。

2回目
YC参加(Mystic + HLabs)
6年
MysticでのCEO経験
Austin, TX
HLabs本拠地

YCに2回採択されるということは、それだけで投資家からの信頼の証だ。1回目で成功体験と失敗体験の両方を積み、2回目ではより鋭い洞察でマーケットに切り込む。ポールのキャリアの根底には、バース大学(University of Bath)で統合機械・電気工学を学び、在学中にはUAV(無人航空機)の制御や組み込みシステムの研究(2017〜2018年)にも携わったという工学的な素地がある。ハードウェアへの関心は学生時代から一貫しており、卒業と同時に2019年3月、MLインフラ企業のMysticを立ち上げた。Mysticは外部VCからの大型調達をせず、年間180万ドル(約2億7,900万円)のARR(年間経常収益)まで育て上げた。その堅実な経営者としての実績があったからこそ、2度目のハードウェア挑戦に対してもPioneer FundとYCが支持した。Mysticを去った後、彼は自らロボットを作ろうとした。テスラのOptimus手首を参考に、6自由度のロボットアームをゼロから設計するプロジェクトに約8週間を費やし、CADから制御コードまで独力で積み上げた。その過程で直面したのが、まさに今HLabsが解こうとしている問題だった。さまざまなPCBをジャンパーケーブルでつなぎ合わせ、中国からアクチュエータが届くのを何週間も待ち、CANバスの不具合のデバッグに多大な時間を奪われる。「ロボットを動かすだけでこれほど苦しいのか」という実体験が、HLabs創業の原点になっている。

2025年11月、HLabsはPioneer FundとY Combinatorからシード資金を調達した。Pioneer Fundは、ダニエル・グロスが創業した早期支援型のアクセラレーターファンドで、世界中から意欲ある創業者を発掘することで知られている。ハードウェア×ロボティクスという資本集約的な領域でのシード調達は、ポールの実績と構想が評価された結果と言える。

往年の“つるはしとシャベル”戦略

ゴールドラッシュの時代、最も確実に儲けたのは金を掘った人ではなく、つるはしとシャベルを売った人だった。リーバイ・ストラウスがジーンズで財を成したように、「採掘者」ではなく「採掘道具」を提供する戦略は、テクノロジーの世界でも繰り返されてきた。

AIブームにおけるNvidiaがまさにそうだ。AIモデルを作る会社は乱立するが、すべてのAIが必要とするGPUを提供するNvidiaは圧倒的な利益を上げている。HLabsが狙うのは、ロボティクスブームにおけるNvidiaのポジションだ。どのロボットが勝つかは分からない。しかし、すべてのロボットがモーターとアクチュエータを必要とすることは確実だ。

ゴールドラッシュ的構造 ロボティクス版
Gold Miners
ロボット開発企業
Tesla Optimus、Figure、Boston Dynamics、Agility。ロボット本体を作る企業群
Pick & Shovel
HLabs
すべてのロボット開発企業が必要とする部品を提供。誰が勝ってもHLabsは売れる

この戦略の美しさは、市場リスクの分散にある。ヒューマノイドが主流になるのか、四足歩行ロボットが勝つのか、はたまた産業用ロボットアームが最大市場であり続けるのか。誰にも分からない。しかし、どのフォームファクターでもモーターは回り、アクチュエータは動き、制御ボードは計算する。HLabsはロボティクス産業全体の成長に賭けているのだ。

必要なのは米国製プラグ&プレイ部品

“HLabsは、ロボット向けのプラグアンドプレイな電子部品とアクチュエーターを、米国内で作っている。これらの製品は、ロボットの電子系を設計し制御するときの複雑さを、まるごと覆い隠してくれる。ローンチおめでとう。”

Y Combinator公式(@ycombinator)2026年3月の投稿より(日本語訳)

HLabsが提供するのは、ロボット開発に必要な基幹部品のラインナップだ。ここでキーワードとなるのが「プラグ&プレイ」。つまり、届いたらすぐに使える。複雑な設定やカスタマイズなしに、ロボットに組み込んですぐに動作する部品群を目指している。

  • 1
    アクチュエータ(A1/A1m)ロボットの関節を動かす「筋肉」。遊星歯車/サイクロイド構造を採用し、高トルク・高精度・軽量を両立した米国設計品。
  • 2
    ブラシレスモーター(M1)ロボットの駆動の根幹となるパンケーキ型モーター。効率と耐久性に優れた設計で、さまざまなフォームファクターに対応。
  • 3
    Nvidia Jetsonコンパニオンボード(RB1)ロボットの「脳」を接続するためのメインボード。電源管理・計算処理・センサーとの橋渡しを一手に担う。
  • 4
    FOC制御ボード(ACB3)Field Oriented Control(磁界方向制御)。モーターを滑らかに、精密に制御するための専用基板。RB1と専用コネクタで接続できる。
  • 5
    ワイヤレス通信モジュール(WM1)2チャンネル対応の無線モジュール。映像・データを低遅延で送受信し、RB1のUSB-C経由で遠隔操作を可能にする。

この製品ラインナップを見れば、HLabsが何を目指しているかが分かる。それは「ロボット版ミスミ」だ。日本の製造業界で知らない人はいない世界最大級の機械部品メーカー、ミスミ(MISUMI)。機械部品のカタログ販売で世界中の製造現場を支える伝説的企業が、ロボティクス領域で生まれ変わるとしたら…??   それこそがHLabsの構想の原点なのだ。

5種
基幹部品カテゴリー
米国製
設計・製造拠点
即納
プラグ&プレイ対応

前述のミスミが「必要な部品を、必要なだけ、すぐに届ける」ことで日本と世界の製造業を支えたように、HLabsは「ロボット開発に必要な部品を、品質保証付きで、すぐに届ける」ことで米国のロボティクス産業を支えようとしている。

中国依存からの脱却は不可欠

HLabsの物語を理解するうえで、地政学的な文脈を無視することはできない。現在、ロボット部品の大半は中国メーカーに依存している。これは単なるコストの問題ではなく、サプライチェーンの安全保障の問題だ。

特に防衛ロボットの領域では、中国製部品への依存は戦略的リスクそのものだ。米国防総省(DoD)は近年、サプライチェーンの国内回帰を強く推進しており、ITAR(国際武器取引規制)の観点からも、防衛向けロボットに中国製部品を使うことへの懸念が高まっている。

ロボット部品調達の現状 Before / After
Before
中国メーカー依存
リードタイム数週間、品質ばらつき、地政学リスク、ITAR非対応
After
HLabs(米国製)
即納、品質保証、サプライチェーン安全保障、防衛市場対応

HLabsの顧客は多岐にわたる。家庭用ロボットのスタートアップ、ヒューマノイド開発企業、産業用ロボットアームのメーカー、四足歩行ロボットの研究チーム、そして防衛ロボットの開発者。これらすべてのセグメントに共通する需要が「信頼できる米国製部品」なのだ。

豊富な日本のロボティクス遺産と未来

HLabsの物語を日本の読者に伝えるとき、ひとつ強調しておきたいことがある。日本こそが、世界のロボティクスをリードしてきた国だということだ。

ファナック、安川電機、川崎重工。産業用ロボットの世界シェアで日本企業は圧倒的な存在感を誇る。ソフトバンクロボティクスのPepperは、サービスロボットの商用化で世界に先駆けた。ロボティクスにおいて、日本は「遺産」と呼ぶにふさわしい蓄積を持っている。

約40%超
産業用ロボット世界シェア(日本)
ファナック
産業用ロボット世界トップ級メーカー
安川電機
サーボモーター世界トップシェア級

しかし、「次世代ロボット」、つまりAI駆動のヒューマノイドや自律型ロボットの部品エコシステムにおいては、日本はまだ本格的に動いていない。ミスミが産業用部品で世界を席巻したように、次世代ロボット部品のカタログを作る企業が日本から出てきてもおかしくない。むしろ日本こそがその役割を担うべきだと言えるかもしれない。

  • 1
    モーター技術の蓄積安川電機、日本電産(ニデック)など、精密モーターの技術で日本は世界をリードしている。この技術を次世代ロボット向けに転用する機会は大きい。
  • 2
    ミスミモデルの応用「カタログ+即納+カスタマイズ対応」というミスミの勝ちパターンを、ロボティクス部品で再現できる日本企業は存在するはずだ。
  • 3
    品質管理のDNA日本の製造業が培ってきた品質管理の文化は、ロボット部品の信頼性が問われる時代に大きな競争力になる。

HLabsがやっていることは、日本のスタートアップにとっても大きなヒントになる。「華やかなロボット本体」ではなく「地味だけど不可欠な部品」を作るという発想。つるはしとシャベルの戦略は、製造業に強みを持つ日本にこそフィットするアプローチかもしれない。

金を掘り当てるかどうかは運もある。しかし、つるはしを売る者は、ゴールドラッシュが続く限り稼ぎ続ける。ロボティクスのゴールドラッシュは始まったばかりだ。HLabsは、その「つるはし」を世界中のロボット開発者に届けようとしている。日本の製造業にとって、この構図は見覚えがあるはずだ。日本はかつて世界の工場のつるはしを作り続けてきた国だからだ。

起業家への示唆

  • 1
    自分がつまずいた課題こそ、最良の事業仮説になるポール・ヘザリントンは「ロボットアームを自作してみる」という個人プロジェクトから、HLabsの事業機会を発見した。製品を作る前に、作り手として現場に飛び込むことが、ニーズの核心を掴む最短経路になる。
  • 2
    「誰が勝つか分からない市場」では、インフラを握れヒューマノイド・四足歩行・産業用アームのどれが主流になるかは現時点では読めない。しかしどのロボットも共通してモーターとアクチュエータを必要とする。勝者予測が難しいブームの時代には、特定の勝ち馬に乗るより、全員が使う道具を供給するポジションの方が安定する。
  • 3
    前事業の「実績」を次の事業の信用に換えるMysticはVCからの大型調達なしに年間180万ドルのARRを積み上げた。その経営実績があったからこそ、資本集約的なハードウェア領域でPioneer FundとYCの支持を取り付けられた。一つ目の会社で築いた信頼と実行力の証明は、次の挑戦における最も強力な調達資産になる。

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。