ERP(Enterprise Resource Planning。企業資源計画)とは会社の資金や設備・商品、労務管理の情報をまとめて一元管理する司令塔的な経営支援システムだが、その多くは1990年代設計の古い仕組みのままだ。そこに「最初からAIで作られたERP」で挑むのがサンフランシスコのスタートアップ Campfire。創業者は以前の会社を約969億円で売却した連続起業家。シリーズAからBまでわずか3ヶ月という異常なスピードで資金調達できた理由とは?

6億2,500万ドル(969億円)イグジットの現場にいた男の、次の一手

「一度経験したことは、もっとうまくできる」。Campfire社の創業者ジョン・グラスゴーは、そんな確信から2度目の起業に踏み出した。

グラスゴーは15年超にわたりFidelity Investments、Union Square Advisors、Adobeで財務・M&Aに携わった後、Accelが出資する請求書管理アプリInvoice2goに事業開発担当VPとして参画した。Adobeの上司がInvoice2goに移る際に声をかけ、グラスゴーも同行した形だ。2021年、Bill.comがInvoice2goを6億2,500万ドル(約969億円)で買収。グラスゴーはそのM&Aプロセスの中で「未完のミッション」を見つけた。

買収デューデリジェンスの最中、数百件にのぼる確認事項を管理しようとしたとき、Invoice2goのERPはまったく役に立たなかった。すべてExcelで対応するほかなく、グラスゴーはレガシーERPの限界を身をもって体験した。NetSuiteやSage、QuickBooks、どれも1990年代から2000年代に設計されたアーキテクチャの上に、AIを後付けしている状態だった。

買収後はBill.comの事業開発VPとして残ったグラスゴーだが、ERPへの不満は消えなかった。2023年、娘の誕生に伴う育児休暇中に、Y Combinator(Summer 2023バッチ)への合格通知が届いた。そのままBill.comには戻らず、Campfireの立ち上げに全力を注いだ。共同創業者には、財務管理プラットフォームTrovataでバックエンドエンジニアリングを率いたフェルナンド・サン・マルティンをCTOに迎えた。物理学・電気工学のバックグラウンドを持ち、機械学習基盤の構築に精通するサン・マルティンとの組み合わせは、「財務の現場」と「AI実装力」の両輪を揃えた布陣だった。Invoice2goで「ERPの壁」にぶつかった経験を持つグラスゴーが、今度は「ERPそのものの再発明」に乗り出した。

NetSuiteを置き換えるAIネイティブERP

“ERPはソフトウェア市場で最大級の領域で、あらゆる企業の業務の中心にある。それなのに大半の企業は、別の時代のために作られたERPを使い続けている。一体型で、硬直的で、変化に遅い。Campfireはそれを変える。彼らはERPを作り直した。”

共同主導投資家アクセル(@Accel)2025年6月の投稿より(日本語訳)

Campfireのプロダクトをひとことでいえば、「最初からAIで設計されたERPだ。これは単なるマーケティングコピーではない。アーキテクチャレベルで、従来のERPとはまったく異なるアプローチをとっている。

従来型ERP vs Campfire:設計思想の違い
従来型ERP
ルールベース + AI後付け
人間が仕訳ルールを設定し、例外処理も手動。AIは補助ツールとして別モジュールで動作
vs
Campfire
AIネイティブ設計
AIがトランザクションを自動分類・照合。人間は承認とレビューに集中する。データモデル自体がAI前提

従来のERPでは、経理担当者が請求書と銀行明細を見比べて「この入金はあの請求に対応する」と手動で照合する。月次決算のたびに数日がかりの作業だ。Campfireはこの照合プロセスを、同社独自のAIモデル「LAM(Large Accounting Model)」が自動で行い、照合・差異検出で95%超の精度を実現している。残りを人間が確認すればよい。

グラスゴーはCampfireを「会計のSlack」と呼ぶ。Slackがメールを置き換えたように、スプレッドシートベースの経理業務をリアルタイムのコラボレーションに変えるという意味だ。財務データの異常検知、キャッシュフロー予測、支出トレンドの可視化が、ダッシュボード上でリアルタイムに動く。CFOが「Q3の顧客別ARRを見せて」と自然言語で入力するだけでレポートが生成され、経理の役割が「データ入力」から「意思決定」にシフトする

95%超
財務照合・差異検出の精度(LAM)
70%削減
月次決算の作業時間
リアルタイム
財務レポーティング

12週間でシリーズA、そしてBへ

“大きな節目だ。Campfireはシリーズbで6,500万ドルを調達し、12週間で累計調達額が1億ドルを超えた。アクセルとリビットが共同主導し、Y CombinatorとFoundation Capitalが継続支援、さらにRamp、Snowflake、Clay、Supabaseなどのエンジェルも参加した。”

Campfire公式(@Meet_campfire)2025年10月の投稿より(日本語訳)

Campfireの資金調達のスピードは、2025年のスタートアップシーンでも異例だ。

Campfireの沿革:YC参加から12週間シリーズBまで
2023年 Summer
Y Combinator参加
YC Summer 2023バッチでプロダクトの原型を開発。デモデーで注目を集める。
2025年6月
3,500万ドル(54億円)シリーズA(Accel主導)
AccelがリードしてFoundation Capital、Y Combinatorらが参加。AIネイティブERPの可能性に賭けた。
2025年10月
6,500万ドル(101億円)シリーズB(Accel + Ribbit Capital共同主導)
シリーズA発表から12週間後。フィンテック特化VCのRibbit Capitalが新たに参加。シリーズAからの累計調達は1億ドル(約155億円)超に達した。

シリーズAからわずか12週間でシリーズBを完結させた背景には、いくつかの要因がある。

  • 1
    創業者の実績と信頼15年超の財務キャリアと、6億2,500万ドル規模のM&Aを最前線で経験したグラスゴーへの投資家の信頼。
  • 2
    急速な顧客獲得PostHogDecagonReplitといったテックスタートアップがシリーズA直後から次々と導入し、口コミでの広がりが続いた。
  • 3
    市場タイミング2025年はAIエージェントが本格化した年。ERPのようなデータ密度の高い領域こそAIが最も威力を発揮するという確信が投資家に広がった。

特に注目すべきは、自然言語によるレポーティング機能だ。従来のERPでは財務レポートを作るために、専門的なクエリを書くか、複雑なレポートビルダーを操作する必要があった。Campfireでは、CFOが「Q3の顧客別ARRを見せて」と入力するだけでレポートが生成される。経理のスキルセットが「データ入力」から「意思決定」へとシフトしていく。

ユニコーンが選ぶバックオフィス

“Campfireは、急成長するテック企業のためのAIネイティブERPだ。経理・会計チームが抱える、会計、税務、投資家向け報告の手作業を自動化する。アクセルとリビット・キャピタルが主導するシリーズBを最近調達した同社には、すでに多数の顧客がいる。”

Y Combinator公式(@ycombinator)2026年5月の投稿より(日本語訳)

Campfireの顧客リストは、そのままスタートアップのオールスターチームだ。PostHog(プロダクトアナリティクス)、Decagon(AIカスタマーサポート)、Replit(AIコーディング)、いずれもテック業界で注目される高成長企業たちだ。

なぜ彼らがCampfireを選ぶのか。答えはシンプルだ。成長企業にとって、ERPの移行は最も痛みを伴うオペレーションの一つだから。シリーズAまではQuickBooksで凌げる。しかしシリーズBを超えて複数の事業体、複数の通貨、複雑な収益認識が必要になると、QuickBooksでは限界がくる。NetSuiteに移行しようとすると、導入に6ヶ月、カスタマイズにさらに6ヶ月かかることもあり、成長のスピードに追いつかない。

Campfireの導入期間は平均2〜3週間。NetSuiteの10分の1以下だ。AIが既存データを自動で読み込み、過去の仕訳パターンを学習し、初日からある程度の自動化が効く。この「タイム・トゥ・バリュー」の短さが、成長スピードを重視するスタートアップに刺さっている。

日本のレガシーERP市場への示唆

Campfireの物語を日本から眺めたとき、見えてくるのは巨大なチャンスだ。

日本のERP市場はOBIC、PCA、勘定奉行(OBC)、弥生といった国産ベンダーが強固なポジションを築いている。しかしその多くは、クライアントサーバー時代のアーキテクチャをクラウドに移植しただけで、AIネイティブとは程遠い設計だ。電子帳簿保存法やインボイス制度への対応で手一杯で、プロダクトの根本的な再設計には着手できていない。

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    レガシー置き換えの巨大市場日本の会計ソフト市場は約4,000億円。その大半がレガシーシステムで、AIネイティブな代替製品への需要は潜在的に巨大だ。
  • 2
    人手不足が追い風経理人材の採用難は深刻化する一方で、AIによる自動化は「あったら便利」ではなく「なければ回らない」フェーズに入りつつある。
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    日本語特化のチャンスCampfireは英語圏向けで、消費税区分・適格請求書・決算期の違いといった日本の商慣習に最適化されたAIネイティブERPはまだ存在しない。

freeeやマネーフォワードがクラウド会計を普及させたように、次のフェーズではAIネイティブな財務プラットフォームが台頭するだろう。Campfireが米国で証明しつつあるのは、「ERPは退屈な領域」という常識が覆りつつあるということだ。AIの力で、経理は最もダイナミックなバックオフィス機能に変わる可能性がある。

買収デューデリジェンスのどん底でERPの壁にぶつかった創業者が、YC出身で、AccelRibbit Capitalというトップティアから12週間で1億ドル(約155億円)を調達し、PostHogReplitといった高成長企業を顧客に持つ。Campfireのストーリーは、AIネイティブ企業がレガシーを置き換えていく時代を象徴している。日本のスタートアップにとっても、「ERPの再発明」は挑む価値のある巨大なフロンティアだろう。

起業家への示唆

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    痛みを経験した側が市場を変えるグラスゴーがERPを再発明できたのは、M&Aデューデリジェンスの現場でレガシーERPの限界を体で知っていたからだ。自分が深く傷ついた課題こそ、最も強いプロダクト仮説の出発点になる。
  • 2
    「財務×AI実装力」を共同創業者で補完するグラスゴーが財務の現場知識を持つ一方、CTOのサン・マルティンは機械学習基盤の構築経験を持つ。ドメイン知識とAI技術力を両方そろえることが、AIネイティブ製品の信頼性を担保する。
  • 3
    YCコミュニティを顧客獲得の起点にするCampfireはシード期にYCの卒業生ネットワークを通じてReplitなどの高成長企業を獲得した。同じ文化・スピード感を共有するコミュニティ内での信頼は、初期PMFの検証を劇的に速める。

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。