ブラウザを開き、検索し、フォームに入力し、ボタンを押す。これまで人間にしかできなかったウェブ上の操作を、AIに代わりに任せようとすれば、まず「操作する手足」が必要になる。その「手足」を無償で提供するオープンソースプロジェクトが、公開からわずか3ヶ月でGitHub 5万スターを集め、中国の話題のAIエージェントの裏側でも動いていた。スイス連邦工科大学出身の2人組が作ったBrowser Use社とは何者か、その実像に迫る。
AIエージェントの「手足」問題
browser-harness exploded. some said AGI is here.
— Magnus Müller (@mamagnus00) 2026年5月3日
but what’s the right interface?
introducing Browser Use Desktop. open-source.
watch the magic. 🐎👇 pic.twitter.com/QepHf2JnQg
“browser-harnessが一気に広まった。AGIが来たと言う人もいた。しかし、正しいインターフェースとは何だろう。Browser Use Desktopを紹介する。オープンソースだ。この魔法を見てほしい。”
共同創業者マグヌス・ミュラー(@mamagnus00)2026年5月の投稿より(日本語訳)
2025年、AIの世界で最も注目されているキーワードは「エージェント」だ。単に質問に答えるだけでなく、実際にタスクを実行するAI。メールを送る、フライトを予約する、スプレッドシートにデータを入力する。人間がブラウザ上で行っている作業を、AIが代わりにこなす未来だ。
しかし、ここに根本的な問題がある。AIモデルは「考える」ことはできるが、「操作する」ことはできない。ChatGPTに「このウェブサイトのフォームに入力して」と頼んでも、実際にブラウザを開いてマウスを動かしてクリックすることはできない。AIエージェントには「脳」はあるが「手足」がないのだ。
この「手足」を提供するオープンソースプロジェクトが、わずか3ヶ月でGitHub 5万スターを獲得し、世界中の開発者の注目を集めている。その名は「Browser Use」だ。
3ヶ月でGitHub 5万スター
Browser Use crossed 35,000 ⭐️ on GitHub
— Gregor Zunic (@gregpr07) 2025年3月4日
Wanted to take this surreal opportunity to explain how all of this madness got started.
After leaving our previous startups, Magnus and I found ourselves at ETH Zurich’s Student Project House—an incubator where you’re only allowed to… pic.twitter.com/p4yOmZJubt
“Browser UseがGitHubで3万5,000スターを超えた。この現実味のない機会に、どうやってこの騒ぎが始まったのかを話したい。前の会社を離れた後、マグヌスと私はチューリッヒ工科大学のStudent Project Houseにいた。そこは、あることしか許されないインキュベーターだ。”
共同創業者グレゴール・ズニッチ(@gregpr07)2025年3月の投稿より(日本語訳)
Browser Useは2024年末にGitHubで公開され、2025年初頭の約3ヶ月間で5万スターを突破した。この数字の意味を理解するために比較してみよう。
Reactが5万スターに達するまでに約4年かかった。Next.jsは約3年。Vue.jsは約2年。Browser Useは3ヶ月だ。もちろん時代やGitHubユーザー数の違いはある。それでも、AIエージェントとブラウザ操作の組み合わせに対する需要の高さを如実に示した数字といえる。
Y Combinator W25バッチにも採択された。YCは毎回数千件の応募から数百社を選抜するが、Browser Useはその中でも注目のプロジェクトとして取り上げられた。OSSプロジェクトがYCに採択されること自体が珍しいが、それだけ市場の広がりが大きいと判断されたのだろう。
中国AI「Manus」が採用した理由
So… apparently Manus is just a Browser Use wrapper https://t.co/2mbEEQ6NKl
— Gregor Zunic (@gregpr07) 2025年3月9日
“どうやらManusは、ただのBrowser Useのラッパーらしい。”
共同創業者グレゴール・ズニッチ(@gregpr07)2025年3月の投稿より(日本語訳)
Browser Useの知名度を一気に押し上げたのは、中国のAIエージェント「Manus」の登場だった。2025年3月、Manusは「汎用AIエージェント」としてデモ動画を公開し、ブラウザ上で複雑なタスクを自律的に実行する様子が世界中で話題となった。公開から48時間以内に10万人を超える招待待ちリストが生まれたほどだ。
Manusのブラウザ操作機能のコアに使われていたのが、Browser Useだった。これは開発者コミュニティで即座に発見され、SNSで拡散した。「中国の話題のAIエージェントの裏側は、このOSSだったのか」という驚きが、Browser Useのスター数をさらに押し上げた。
ETH Zurichの2人が5週間で作ったもの
Browser Use: A Story of Following Passion and Timing the Gold Rush🪙
— Gregor Zunic (@gregpr07) 2025年3月19日
In October, Magnus and I met, but we didn’t immediately think about building something together (my original plan was to go write my master thesis at Berkeley – I left my previous startup and thought I needed a… https://t.co/z1AQi5dfOp
“Browser Use、情熱を追いかけてゴールドラッシュに間に合った話。10月にマグヌスと出会ったが、すぐに一緒に何かを作ろうとは思わなかった。私の元の予定はバークレーで修士論文を書くことで、前の会社を離れたばかりの自分には、それが必要だと思っていた。”
共同創業者グレゴール・ズニッチ(@gregpr07)2025年3月の投稿より(日本語訳)
Browser Useを作ったのは、スイス連邦工科大学(ETH Zurich)のスチューデント・プロジェクト・ハウスで出会った2人だ。マグヌス・ミュラーとグレゴル・ジュニッチ。ミュラーはドイツのオスナブリュック大学で認知科学の学士号を取得後、コロナ禍にドイツを出てヒッチハイクで世界を旅し、シンガポールのCambridge CARESで研究に従事した。帰国後はプロセス自動化企業でR&D経験を積み、大学ハッカソンではAIで交通信号を最適化する「GreenWay」を創業して優勝。技術的には手ごたえがあったが、ドイツでの資金調達で半年間1ユーロも集められず、起業家として壁に直面した。その経験を経てETH Zurichのコンピューターサイエンスとデータサイエンスの修士課程へ進み、長年にわたり独自のウェブスクレイピングツールを作り続けてきた。
ジュニッチは物理学の学士を取得後、ETH Zurichでデータサイエンスの修士課程に入学した。入学以前にはAIヘッドショット生成ツールなど複数のスタートアップに取り組みYCインタビューも経験したが、前のスタートアップを離れた後は「バークレーで修士論文を書く」方向を考えていた。そんな2024年10月、Student Project Houseの食堂でミュラーと出会った。ミュラーのLinkedIn投稿(スタートアップ退職を告知するもの)を見かけたジュニッチが声をかけ、数回の夕食を重ねる中で、2人が同じようにNeuralink(脳とコンピューターをつなぐインターフェース)に強い関心を抱いていることが判明した。長期的なビジョンを共有する2人が、次に向かったのがブラウザ操作というより手近な課題だった。
2人が2024年に拠点にしたスチューデント・プロジェクト・ハウスは、ETH本館の隣に立つ施設で「勉強禁止、サイドプロジェクト専用」という変わったルールを持つアクセラレーターだ。きっかけは2023〜2024年にかけて2人が強く感じた問題意識だった。AIがテキストを読み書きできるようになっても、Webフォームに入力したりボタンをクリックしたりすることはできない。LLMでブラウザを操作できないことに課題を感じていたミュラーが、ジュニッチと構想を語り合い始めた。まずは4日でMVPを組み上げてHacker Newsに投稿したところ、その日のうちに1位を獲得。世界中のエンジニアがコードを実験し始め、そこから5週間かけて正式なデモを完成させオープンソースとして公開した。2人が解いた課題はシンプルだった。既存の自動化ツールはXPathセレクターやSeleniumスクリプトなど、ページ構造の変化に脆弱な手法に依存していた。Browser Useはウェブサイトの要素を構造化テキストに変換してLLMに渡すことで、ページが変わっても自律的に判断できるエージェントを実現した。
1,700万ドルの調達と商業化
Introducing: Browser Use Cloud☁️
— Gregor Zunic (@gregpr07) 2025年1月26日
All the features of OpenAI Operator for $30/month. Or you can just use the OSS library completely for free. Your choice. That's the beauty of Open Source♥️
The cloud version offers proxies, persistent authentication, message history, and human… pic.twitter.com/yytxLVCEw4
“Browser Use Cloudを紹介する。OpenAI Operatorの全機能が月30ドルで使える。あるいはオープンソースのライブラリを完全無料で使ってもいい。選ぶのはあなただ。それがオープンソースの美しさだ。クラウド版はプロキシ、認証の保持、履歴、人の介入に対応する。”
共同創業者グレゴール・ズニッチ(@gregpr07)2025年1月の投稿より(日本語訳)
2025年3月23日、Browser Use社はシードラウンドで1,700万ドル(約26億3,500万円)を調達したと発表した。ラウンドを主導したのはFelicis Ventures。A Capital、Nexus Venture Partners、Y Combinator、SV Angel、Pioneer Fund、Paul Grahamらが参加した。
資金調達と同時に、同社はクラウドプラットフォームの展開も加速している。開発者がタスクの説明文を送るだけで、Browser Useがクラウド上でブラウザを起動して実行する仕組みだ。SelEniumスクリプトもXPathセレクターも不要で、管理インフラも自社で抱える必要がない。2026年1月にはBrowser Use 2.0をリリースし、タスク達成精度は74.7%から83.3%へと改善した。
OpenAIは2025年7月にOperatorをChatGPTエージェントモードに統合・一本化し、スタンドアロンサービスとしては終了させた。Anthropicはコンピューター操作APIを開発者向けに提供しているが、いずれもクローズドなプロダクトだ。Browser Useはオープンソースとして誰でも使え、使うLLMも自由に選べる点で、これらの大手とは異なる立ち位置を取っている。
公開から1年半が経った2026年6月時点で、Browser UseのGitHubスター数は約99,000に達している。OSSプロジェクトとしてスタートし、YCの後押しとManusによる思わぬ露出を経て、クラウドビジネスとしての商業化を進める。ETH Zurichの2人が5週間で作ったデモが、AIエージェントの「手足」市場の一角を担いつつある。
日本でも、Browser Useが照らし出す課題は他人事ではない。日本のAIエージェント市場は2024年時点で約2億5,000万ドル(約387億円)規模とされ、2030年には24億ドル超に達すると予測されている(SkyQuest、2025年)。慢性的な人手不足を抱える日本企業は、定型業務のRPA(ルールベースのロボット操作)を長年活用してきたが、ウェブページの構造が変わるたびにスクリプトが壊れる「メンテナンス地獄」に悩まされてきた。Browser Useの「LLMがページを読んで自律判断する」アプローチは、まさにこの課題を解消する可能性を持つ。業務システムの老朽化とレガシーインフラを多く抱える日本の製造業や金融機関にとって、RPA後継としてのAIエージェント基盤は数年内に現実的な選択肢となるだろう。
起業家への示唆
- 1失敗の文脈を次の種にするミュラーはドイツでの資金調達失敗とGreenWayの挫折を経てETH Zurichへ移った。その過程で磨いたプロセス自動化の知識とウェブスクレイピングの技術が、Browser Useの設計思想の核になった。うまくいかなかった経験が、次の問いを立てる力を生む。
- 2共鳴するビジョンが出会いを生むジュニッチとミュラーは、Neuralinkへの共通の関心が縁でプロジェクトを始めた。最初から「何を作るか」が一致していたのではなく、「どこへ向かいたいか」が一致していた。長期ビジョンが共鳴する相手と組むことが、困難な時期に踏みとどまる接着剤になる。
- 34日でMVPを出してから5週間かけるBrowser Useは4日で動くものを作り、Hacker Newsで即日トップに立ってから5週間でデモを仕上げた。完成度を高めてから公開するのではなく、動くものをまず出して市場の反応を見てから投資する順序が、無駄なく開発を進める上で有効だと示している。
参考文献
- 「Browser Use, the tool making it easier for AI ‘agents’ to navigate websites, raises $17M」(TechCrunch、2025年3月23日、https://techcrunch.com/2025/03/23/browser-use-the-tool-making-it-easier-for-ai-agents-to-navigate-websites-raises-17m/)
- 「We Raised $17M to Build the Future of Web for Agents」(Browser Use公式ブログ、2025年3月23日、https://browser-use.com/posts/seed-round)
- 「Felicis’s Seed in Browser Use: Enabling AI Agents to Navigate the Web with Reliable Web Interaction」(Felicis、2025年、https://www.felicis.com/blog/investing-in-browser-use)
- 「Browser Use: Leading open-source web agent project with 50k stars in 3 months」(Y Combinator、https://www.ycombinator.com/companies/browser-use)
- 「Browser Use, one of the tools powering Manus, is also going viral」(TechCrunch、2025年3月12日、https://techcrunch.com/2025/03/12/browser-use-one-of-the-tools-powering-manus-is-also-going-viral/)
- 「Founder Story: Magnus Müller of Browser Use」(Frederick AI、https://www.frederick.ai/blog/magnus-muller-browser-use)
- 「Building Browser Use, going through YC & raising a $17M Seed. Meet Magnus.」(Ambitious x Driven、https://www.ambitiousxdriven.com/p/building-browser-use-going-through)
- 「From Travelling the World to Starting a StartUp: An Insight to the Life of Magnus Müller」(CogSci Journal、https://cogsci-journal.uni-osnabrueck.de/from-travelling-the-world-to-starting-a-startup-an-insight-to-the-life-of-magnus-muller/)
- 「Browser Use: A Story of Following Passion and Timing the Gold Rush」(Gregor Zunic on X、2025年3月17日、https://x.com/gregpr07/status/1902415224315240817)
- 「Japan Emerges as Asia-Pacific’s Fastest Growing AI Agent Market Amid DX Push」(SkyQuest、2025年、https://www.skyquestt.com/insights/japan-emerges-as-asia-pacific-fastest-growing-ai-agent-market-amid-dx-push)
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



