会社を始めるとき、創業者の頭を占めるのはプロダクトのことだ。どんな課題を解決するか、誰に届けるか、いかに成長させるか。ところが実際には、アイデアを形にする前に「管理業務」という分厚い壁が立ちはだかる。その壁を取り除くために生まれたのがEvery.io社だ。「なぜ誰もこれを解決しないのか」という創業者の問いが、スタートアップのバックオフィスをまるごと引き受けるSaaSを生んだ経緯に迫る。

避けては通れない、起業のバックオフィス問題

“Every(YC S23)が、完全無料の法人設立サービスを立ち上げる。デラウェア州で会社を作り、銀行口座、給与計算、経理、税務までバックオフィス一式を2時間以内に整えられる。20時間以上を節約して、作ることに集中してほしい。”

Y Combinator公式(@ycombinator)2025年1月の投稿より(日本語訳)

法人銀行口座の開設、給与計算システムの導入、健康保険の手配、法人カードの申請、税務処理の準備。創業者が最もやりたくない仕事が、しかし避けて通れない仕事として山積みになる。米国のスタートアップでは、これらのバックオフィス業務を立ち上げるだけで平均6〜8週間を要するとされている。

問題はそれだけではない。銀行はA社、給与計算はB社、福利厚生はC社、法人カードはD社。それぞれ別のSaaSと契約し、別のダッシュボードにログインし、データを手動で連携しなければならない。バックオフィスの断片化が、スタートアップの貴重な時間とエネルギーを奪っている。

Every.ioが束ねた5つのサービス

“Everyチームのシリーズa、2,250万ドルおめでとう。レッドポイントが主導した。Every(YC S23)は、法人設立、銀行、給与計算、福利厚生、経理、税務をまとめて、創業者のバックオフィスを担っている。”

Y Combinator公式(@ycombinator)2024年9月の投稿より(日本語訳)

Every.ioは、この断片化問題に対してシンプルな解を提示した。バックオフィスに必要な機能を、ひとつのプラットフォームに統合する。銀行口座、給与計算、税務処理、福利厚生、法人カード。すべてが1つのダッシュボードで完結する。

Every.io。オールインワン・バックオフィス
Banking
法人銀行口座。FDIC保険付き。数分で開設可能。送金・入金・残高管理をワンストップで。
Payroll
給与計算・給与支払い。連邦税・州税の自動計算と納付。W-2/1099の発行まで自動化。
Benefits
健康保険、歯科保険、視力保険。401(k)退職金プラン。従業員のセルフサービスポータル。
Corporate Card
法人クレジットカード。経費管理と自動カテゴリ分け。リアルタイムの支出モニタリング。
Tax
法人税務。四半期ごとの税金計算・申告サポート。会計ソフトとの自動連携。

従来のアプローチでは、これら5つの機能に対してそれぞれ別のベンダーと契約する必要があった。Gusto(給与計算)、Mercury(法人銀行)、Brex(法人カード)、Justworks(福利厚生)。優れたサービスが個別に存在していたが、それらをつなぐのは人間の手作業だった。

Every.ioの強みは、これらが最初から一体として設計されている点にある。銀行口座の入金情報が自動で給与計算に反映され、給与支払いが自動で経費に計上され、税務申告に必要なデータが自動で集約される。創業者が触るのは1つのダッシュボードだけだ。

78%が全機能を使う理由

Every.ioで最も注目すべき数字は、顧客の78%が全機能を利用しているという事実だ。

2,250万ドル
Series A調達額
78%
フルスイート利用率
1日
バックオフィス構築時間

SaaSの世界では「機能を増やしても使われない」というのが定説だ。多くの企業が「オールインワン」を謳いながら、実際には1〜2機能しか使われず、結局はポイントソリューションに負ける。Every.ioではその逆が起きている。ユーザーは全部使いたいのだ。

理由はシンプルだ。バックオフィス業務は、それぞれが密接に連携している。銀行口座と給与計算は切り離せない。給与計算と税務は切り離せない。福利厚生と給与は切り離せない。バラバラに提供する方がむしろ不自然であり、統合こそが自然な姿なのだ。

2度目の起業で見えた景色

Every.ioのCEO、ラジーブ・ベヘラは連続起業家だ。カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)で経済学を学んだ後、デジタルマーケティング領域のスタートアップを渡り歩き、ソーシャルゲーム会社Playdom(2010年にDisneyが7億6,000万ドルで買収)に参画。Disney傘下でモバイルゲームのプロダクトチームを率い、6人のチームを85人規模まで成長させた。この過程で数十人規模の組織を動かす「人材マネジメント」の難しさを痛感したことが、1社目Reflektiveの着想につながった。Reflektiveは従業員パフォーマンス管理SaaSで、2014年に共同創業し、アンドリーセン・ホロウィッツ、ライトスピード、TPGグロースから合計1億200万ドル(約158億円)を調達、250名規模まで成長させた。2021年、PeopleFluent(英Learning Technologies Group傘下)に買収されている。

Every.ioの原点は、このReflektive創業期にある。ベヘラは後に「前の会社を始めたとき、バックオフィスの設定でコストのかかるミスをたくさん犯した。専門家を雇う余裕もなく、手探りで進めるしかなかった。創業者はただ開発に集中したい。給与計算・税務・会計といった複雑な分野を学ぶ時間はない」と振り返っている。プロダクトをどう作り、どう売るかは知っていた。しかし会社を運営するために何が必要かは、実際に痛い目を見て初めて分かった。その経験が、「なぜ誰もこれを解決しないのか」という問いに変わった。

  • 1
    Reflektiveでの原体験バックオフィスの設定に数週間。ベンダー間のデータ不整合。手動入力ミスによる税務リスク。これらの問題を創業者として直接体験。
  • 2
    Every.io創業(2021年)バックオフィス統合プラットフォームの構想を具体化。共同創業者のバリー・ピーターソン(Reflektiveのエンジニアリングディレクター出身)とともにゼロから自社開発を開始。Y Combinator(米国の著名なスタートアップ育成プログラム)のS23バッチに参加。
  • 3
    シードラウンド(950万ドル)調達2023年11月、Base10 Partners主導でY Combinator、Formus Capital、Cambrian Venturesが参加。
  • 4
    Series A(2,250万ドル)調達2024年9月、Redpoint Ventures主導。顧客150社超、78%のフルスイート利用率がプロダクト・マーケット・フィットを裏付けた。

2度目の起業には独特の強みがある。市場の解像度が高く、顧客の真の課題を深く理解している。何を作らないかを知っていることが、プロダクトの完成度を引き上げる。ベヘラがバックオフィス統合という壮大なビジョンを実現できたのは、1社目の経験があってこそだ。

なぜ今、Every.ioが現れたのか。バンドルの循環

テクノロジー業界には「バンドルとアンバンドルの循環」という有名なフレームワークがある。大きなプラットフォームがバラバラに分解され(アンバンドル)、やがて再び統合される(バンドル)という繰り返しだ。

過去10年間、バックオフィスSaaSの世界では「アンバンドル」の時代が続いていた。給与計算に特化したGusto、法人銀行に特化したMercury、法人カードに特化したBrex。各領域でベスト・オブ・ブリードを目指すプレーヤーが急成長した。

バンドル vs アンバンドル。バックオフィスの進化
2010年代
アンバンドル
各機能が独立SaaSとして成長。Gusto、Mercury、Brex等。専門性が高いが統合は手動
2020年代
リバンドル
Every.ioのように再統合。データが一元管理され、自動連携。ユーザー体験が劇的に向上

Every.ioは「リバンドル」の先駆者だ。ただし、既存サービスを寄せ集めたのではない。ゼロから統合設計されたプラットフォームとして構築されている点が重要だ。後付けの統合は必ずデータの不整合やUXのぶれを生むが、最初から一体として設計されたシステムにはそれがない。

バックオフィスのプラットフォーム化、日本市場への可能性

日本のスタートアップエコシステムにとって、Every.ioの事例は示唆に富む。

  • 1
    日本こそバックオフィスの断片化が深刻freee、マネーフォワード、SmartHR、KING OF TIME、ラクス。日本にも優れたバックオフィスSaaSがあるが、それぞれが独立しており統合は手動だ。日本版Every.ioには大きな市場機会がある。
  • 2
    「創業者の原体験」が最強のプロダクト仕様書ベヘラが自身の起業経験からEvery.ioを構想したように、日本のバックオフィス課題を最も深く理解しているのは日本の起業家自身だ。ドメイン知識を持つ創業者による起業が、日本でも増えていくだろう。
  • 3
    「全部入り」の勝機日本の中小企業やスタートアップは、複数のSaaSを使い分けるリテラシーやリソースを持たないことが多い。「1つで全部できる」ことの価値は、米国以上に大きい可能性がある。

Every.ioが証明しているのは、ユーザーが本当に求めているのは個別の機能ではなく、課題の解決だという本質だ。スタートアップの創業者が求めているのは「給与計算ソフト」ではなく「会社を運営すること」だ。その視点に立てば、統合は単なるビジネスモデルの選択ではなく、ユーザーへの共感の表れだと言えるかもしれない。

日本のスタートアップ支援の形も、まだ進化の余地がある。起業のハードルを技術的にゼロに近づける。Every.ioが米国で見せているビジョンは、日本でも実現されてよいものだ。

起業家への示唆

  • 1
    自分が痛かった課題こそ最大の参入障壁ベヘラがEvery.ioを作れたのは、Reflektive立ち上げ時のバックオフィス苦労を誰よりも深く知っていたからだ。競合が「想像の課題」を解くのに対し、自身の原体験から作ったプロダクトは顧客の信頼を最初から獲得しやすい。
  • 2
    1社目の共同創業者は2社目の最速の仲間になるベヘラとバリー・ピーターソンはReflektiveで培った信頼関係を土台に、Every.ioをゼロからフルスクラッチで構築した。前職で実証済みのチームは、市場の不確実性が高い初期フェーズのリスクを大幅に下げる。
  • 3
    「最初から統合」で設計するEvery.ioが78%のフルスイート利用率を達成できたのは、後付けの統合ではなく最初から一体として設計したからだ。後から機能をつぎはぎしても統合の恩恵は半減する。プロダクトのアーキテクチャはビジネスモデルと同時に決める。

参考文献
「Why I Built Every: Announcing Our $22.5M Series A Led By Redpoint Ventures」(every.io、2024年9月12日公開、https://www.every.io/blog-post/why-i-built-every-announcing-our-22-5m-series-a-to-transform-back-office-stress-into-founder-success)
「Every.io raises $22.5M to develop new products for startup back-office support」(SiliconANGLE、2024年9月12日公開、https://siliconangle.com/2024/09/12/every-io-raises-22-5m-develop-new-products-startup-back-office-support/)
「Why Y Combinator companies are flocking to banking and HR startup Every」(TechCrunch、2024年9月12日公開、https://techcrunch.com/2024/09/12/why-y-combinator-companies-are-flocking-to-new-banking-hr-startup-every/)
「Every.io Raises $9.5M in Seed Funding」(PR Newswire、2023年11月公開、https://www.prnewswire.com/news-releases/everyio-raises-9-5m-in-seed-funding-for-all-in-one-hr–finance-suite-301999705.html)
「Evolution of Reflektive: We’re Now Part of PeopleFluent and LTG」(reflektive.com、2021年公開、https://www.reflektive.com/blog/ltg-and-peoplefluent-acquisition/)
「Reflektive Raises $60 Million to Reimagine People Management」(PR Newswire、2018年2月15日公開、https://www.prnewswire.com/news-releases/reflektive-raises-60-million-to-reimagine-people-management-300599472.html)
「Every: Banking + Payroll/Benefits + Bookkeeping + Tax in one place」(Y Combinator、https://www.ycombinator.com/companies/every)
「Founders in Focus: Rajeev Behera of Every」(Okta、2024年9月公開、https://www.okta.com/blog/2024/09/founders-in-focus-rajeev-behera-of-every/)

※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。