会議ノートという「退屈な問題」
Now you have Superhuman-style search for all your meeting notes 😎 https://t.co/VdmD9UY4jC
— Chris Pedregal (@cjpedregal) 2024年12月16日
“これで、すべての会議メモをSuperhumanのような検索でたどれる。”
共同創業者兼CEOクリス・ペドレガル(@cjpedregal)2024年12月の投稿より(日本語訳)
ナレッジワーカーの1週間を観察してみるといい。平均して週に23時間を会議に費やしている。そのうち、実際に意味のあるアクションにつながるのはわずか数時間だ。残りの時間は、議事録を取り、共有し、フォローアップのタスクを整理するという「会議の後始末」に消えていく。
AI時代に入り、この問題を解決しようとするスタートアップは数多く現れた。Otter.ai、Fireflies.ai、Krisp、Read AIといった会議の文字起こしと要約を自動化するツールは群雄割拠の状態だ。しかし、その多くは同じアプローチを取っている。会議を録音し、AIが完全に議事録を生成する。人間は何もしなくていい、という思想だ。
Granola社の共同創業者クリス・ペドレガルは、このアプローチに根本的な疑問を持った。「AIが完全に議事録を書いてくれるなら、なぜ多くのプロフェッショナルは依然として自分でノートを取り続けるのか?」。答えはシンプルだった。ノートを取る行為そのものが、思考を整理するプロセスだからだ。
Googleに製品を売り、Google内で製品を育てた連続起業家
クリスの経歴は、この問題を解決するのに理想的だった。スタンフォード大学(Stanford University)でコンピュータサイエンスを学んだ後、2008年にGoogleのプロダクトマネージャーとして入社。Gmail、Search、Maps、Google Nowの開発に5年間携わった。世界で最も多くの人が使う情報整理ツールを通じて、「人間がどう情報を扱うか」を深く理解していた。
実はGoogleとの縁はこれが最初ではない。在学中の2006年、クリスはウェブページを離れずにコンテンツを検索・参照できる技術を開発するスタートアップApture(アプチャー)を共同創業した。このサービスはGoogleが2011年に買収し、Chrome(クローム)の機能として取り込まれた。いわば「Googleへの最初の売却」だ。その後GoogleのPMとして入社し、2013年には改めて会社を離れてSocratic(ソクラティック)を立ち上げた。高校生向けのAI家庭教師アプリで、500万を超えるユーザーを獲得し、2018年に再びGoogleが買収。クリスは再びGoogleに合流した。その後また会社を出てAIドキュメントスキャナー「Stack」を立ち上げた。今度はGoogle社内インキュベーターArea 120でのプロジェクトとして育てたが、2022年秋にGoogleがArea 120プロジェクトを大幅に縮小した際にStackは終了となった。Googleに製品を2度買収させ、Google内で新プロダクトを育てたという異色の連続起業家が、2022年6月にGoogleを離れたのはGPT-3の進化がきっかけだった。「ナレッジワークに使うツールはすべてこの技術の上で作り直される」という確信を持ち、次に何を作るかを探し始めた。
共同創業者には、ロンドンを拠点にノートアプリIdeaflow(アイデアフロー)で働いていたデザイナーのサム・スティーブンソンを迎えた。彼は行動科学をデザインに応用するコンサルタントを経て、「tools for thought(思考を拡張するソフトウェア)」と呼ばれるコミュニティに深く根ざした人物だった。AIが人間の思考をどう補助できるかを長年考え続けてきたサムとクリスは、ロンドンの勉強会で知り合い意気投合した。2人は数週間にわたって様々な職種の人に「仕事で何が一番つらいか」を聞き回った。答えが集中したのは会議の後始末だった。議事録の整理、フォローアップメールの送信、CRMの更新、タスクの洗い出し。誰もが意味を感じない作業に時間を奪われていた。
Googleでの経験がクリスに教えたのは、優れたプロダクトは「ユーザーの既存の行動を壊さない」ということだった。Gmailは、それまでのメールの使い方を根本的に変えたわけではない。メールという既存の行動の上に、検索、スレッド、大容量ストレージという「拡張」を加えた。クリスは同じ哲学をGranolaに持ち込んだ。会議中にノートを取るという行為は変えない。ただし、AIがそのノートを補完する。
「置き換える」のではなく「拡張する」
AI-powered tools are opening up new ways to rethink how we manage daily work tasks, such as scheduling meetings, taking notes, and tracking action items. Lightspeed-backed @meetgranola’s Co-Founder and CEO @cjpedregal believes that AI can work as a partner to augment our… pic.twitter.com/rDZufOCtSe
— Lightspeed (@lightspeedvp) 2024年8月22日
“AIを使ったツールは、会議の設定、メモ取り、やることの管理といった日々の仕事の進め方を考え直す道を開いている。当社が出資するGranolaの共同創業者兼CEOクリス・ペドレガルは、AIは人を置き換えるのではなく、人の力を広げる相棒になれると考えている。”
出資元ライトスピード(@lightspeedvp)2024年8月の投稿より(日本語訳)
Granolaのプロダクト思想を理解するには、他のAI会議ツールとの比較が分かりやすい。
この違いは、ユーザー体験において決定的だ。多くのAI会議ツールでは、「AIボット」が会議に参加する。Zoom、Google Meet、Teamsの画面に「Otter Bot has joined」「Fireflies Bot has joined」と表示される。これに対して不快感を示す参加者は少なくない。特にVCとの投資家ミーティングや顧客との重要な商談で、録音ボットの存在は微妙な空気を作る。
Granolaはこの問題を根本的に解決した。ボットを使わない。Granolaはデスクトップのネイティブアプリとして動作し、システムのオーディオを直接処理する。会議の参加者からは、Granolaの存在は見えない。ユーザーはいつも通りノートパッドにメモを取り、会議が終わるとAIがそのメモを会議の文脈で補完する。
実際の使い方はこうだ。ユーザーが会議中に「予算 Q3に5万ドル(約775万円)追加検討」「マーケ施策 SEO優先」とメモする。会議後、Granolaはこのメモと会議の音声を照合し、誰がどの文脈でその発言をしたか、次のアクションは何か、決定事項は何かを自動的に構造化する。ユーザーのメモは消えない。AIの補完がその上に重なるのだ。
VCが自分で使って投資を決めた
Granola (@meetgranola) has raised more than $65M from investors like Lightspeed, Spark Capital, and Nat Friedman by building a category-defining AI notetaker with exceptional taste. And it's led them to become everyone's favorite example of what it means to build a great product… pic.twitter.com/3bfwZghlUi
— Michael Mignano (@mignano) 2025年5月15日
“Granolaは、際立った美意識でカテゴリを定義するAIノートテイカーを作り、ライトスピード、スパーク・キャピタル、ナット・フリードマンらから6,500万ドル以上を調達してきた。その結果、良い製品を作るとはどういうことかを語るとき、誰もが真っ先に挙げる例になった。”
出資元マイケル・ミグナーノ(@mignano)2025年5月の投稿より(日本語訳)
Granolaの資金調達ストーリーには、興味深いエピソードがある。複数のVCが、Granolaのピッチを聞く前から、すでにGranolaのユーザーだったのだ。
VCというのは、1日に何本もの会議をこなす職業だ。起業家とのミーティング、パートナー会議、ポートフォリオ企業とのレビュー、LP(リミテッドパートナー)への報告。会議ノートの質は投資判断の質に直結する。Granolaは、VCの日常業務にぴたりとハマるプロダクトだった。
2023年5月に425万ドル(約6億6,000万円)のシードを調達。2024年10月にはスパーク・キャピタル(Spark Capital)主導で2,000万ドル(約31億円)のシリーズA、2025年5月にNFDG(ナット・フリードマンとダニエル・グロスが率いるVC)主導で4,300万ドル(約67億円)のシリーズBを調達し、このときの評価額が2億5,000万ドル(約388億円)だった。2026年3月にはインデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)主導の1億2,500万ドル(約194億円)シリーズCで、評価額は一気に15億ドル(約2,325億円)に跳ね上がった。
起業家への示唆
- 1
「完全自動」は必ずしも最適解ではない日本のSaaS開発者は、AIで「すべてを自動化する」ことに走りがちだ。しかしGranolaが証明したのは、「人間の行動を尊重しつつ拡張する」アプローチが、より深い定着を生むという事実だ。
- 2
「自分が毎日使うもの」を作る強さGranolaの最大のマーケティングは、プロダクトの品質そのものだ。広告費をかける前に「投資家が自分で使いたくなるプロダクト」を目指すことが、有機的な成長の起点となる。
- 3
プロダクトの「思想」で差別化する機能リストではなく、設計思想で戦う。「なぜこう作ったのか」を言語化できるプロダクトは、長期的に強い。
Granolaの物語が教えてくれるのは、AIの価値は「人間を置き換える」ことではなく「人間を拡張する」ことにあるという根本的な真実だ。会議という最もアナログで人間的な活動の中に、AIが静かに溶け込む。録音ボットの存在を気にすることなく、自分のメモが補完される体験の「自然さ」こそが、Granolaが3年足らずで評価額15億ドル(約2,325億円)に達した源泉だ。
議事録文化が根強い日本の会議室にも、この「自然なAI」の思想が応用できるはずだ。
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



