AIエージェントを誰が守るのか
2025年、企業のAI導入は新しいフェーズに入った。単にLLMをチャットボットとして使う時代は終わり、AIエージェントが自律的にタスクを実行する時代が始まっている。顧客対応、データ分析、コード生成、営業支援、AIエージェントが企業の中核業務に深く入り込んでいる。
しかし、ここに重大な問題がある。AIエージェントは、従来のセキュリティツールでは守れないのだ。
ファイアウォールやエンドポイントセキュリティは、人間が使うシステムを守るために設計された。しかしAIエージェントは、人間とは全く異なる方法でシステムを利用する。自律的にAPIを呼び出し、データベースにアクセスし、外部サービスと通信する。従来のセキュリティの「監視対象」は人間の行動だったが、AIエージェントの行動は質的に異なる。
イスラエル国防軍のサイバー部隊Unit 8200出身の創業チーム
Noma Security社の創業チームは、イスラエル国防軍のUnit 8200出身だ。Unit 8200は、イスラエルのサイバーインテリジェンス部隊であり、世界で最も精鋭とされるサイバーセキュリティ人材の養成機関だ。共同創業者のニブ・ブラウン(CEO)とアロン・トロン(CTO)は、まさにここで出会った。
ブラウンはUnit 8200でサイバーセキュリティのマネジャーとして国家レベルの脅威対処を経験した後、顧客体験自動化企業Verint(ビジネス向けAI分析ソフトウェアを手がけるナスダック上場企業)でセキュリティ製品部門のビジネスユニットを立ち上げ、責任者を務めた。そこで彼が目撃したのは、「既存のセキュリティツールはすべて従来型のソフトウェアライフサイクルを前提に設計されており、データとAIのライフサイクルにはそのまま適用できない」という構造的な空白だった。AIモデルやデータパイプラインに対するセキュリティチームの盲点は、Verintにいる限り解決できない問題だと確信したブラウンは、2023年にトロンとともにNoma Securityを設立する。
トロンはUnit 8200を経てヘブライ大学(The Hebrew University of Jerusalem)でデータサイエンスを学び、AIスタートアップのInterAIでData Science Leadを務めた経歴を持つ。セキュリティと機械学習の双方を実務で担った2人の組み合わせが、後発ながら大手企業に即座に採用される製品を生んだ背景にある。なお、Nomaの創業後間もなく、2023年10月7日のイスラエル・ハマス衝突が始まり、文字通り戦争の中で初期プロダクトを開発し続けた。
Unit 8200での経験は、Noma Securityの技術力の根幹をなしている。国家レベルのサイバー攻撃を防いできた知見が、AIエージェントのセキュリティという新領域に応用されている。
たった1年で売上が13倍になった理由
Noma Securityの成長数値は、SaaS業界の基準を超えている。1年間でARR(年間経常収益)が1,300%成長した。セキュリティスタートアップとしても異例のスピードだ。
この成長の背景にあるのは、企業のAIエージェント導入が爆発的に加速していることだ。Microsoftが2026年2月に公表したレポートによれば、Fortune 500企業の80%以上がAIエージェントを何らかの形で活用している。しかし、そのセキュリティ対策は追いついていない。CISOたちは「AIエージェントを安全に運用する方法」を求めて右往左往している。
Noma Securityは、この「需要と供給のギャップ」を的確に捉えた。AIエージェントの挙動を監視し、異常を検知し、リスクを軽減する、これを統合的に提供するプラットフォームは、市場にほとんど存在しなかった。
大型調達100億円、その先見の明
Noma Security CEO Niv Braun recently discussed the company's new $100 million Series B funding round and the risks associated with increasingly autonomous AI agents with @nolter. https://t.co/WvGfqHRdMB pic.twitter.com/d0gcm7qBZh
— The Deal by S&P Global (@TheDealNewsroom) 2025年8月20日
“Noma SecurityのCEOニブ・ブラウンが先日、1億ドルのシリーズB調達と、自律性を高めていくAIエージェントに伴うリスクについて語った。”
The Deal(@TheDealNewsroom)2025年8月の投稿より(日本語訳)
2025年7月、Noma Securityは1億ドル(約155億円)のSeries B資金調達を完了した。Evolution Equity Partnersがリードし、Ballistic Ventures、Glilot Capital Partnersが継続参加した。
1億ドルという調達額は、AIセキュリティ領域の初期スタートアップとしては破格の規模だ。Ballistic Venturesはセキュリティ専業のVCで、セキュリティ企業Fortify SoftwareとAlienVaultを創業したロジャー・ソーントンが立ち上げた。Material Security、Anchorage Digital、Aikidoなど、サイバーセキュリティ業界の有力スタートアップに投資してきた実績がある。そのBallisticが初期ラウンドからコミットし続けているという事実は、業界から「Nomaは次世代の本命」と見られていることの強いシグナルだ。
Glilot Capitalはイスラエル系の初期投資に強い老舗VCで、Evolution Equity Partnersはサイバーセキュリティ専業のグローバルVC。この顔ぶれは、米国・イスラエル両方のセキュリティ業界の合意を意味する。
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2023年:創業・ステルス期イスラエルのテルアビブで設立。Unit 8200出身のエンジニアチームがコアプロダクトを開発。ステルスモードで初期顧客を獲得。
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2024年10月、GA(一般提供)開始3,200万ドルのSeries AをBallistic Venturesがリードし、ステルスを脱出。金融機関、製薬企業、大手テック企業が即座に契約。
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2024年後半、急成長期ARRが急成長し始め、チームを拡大。米国オフィスを開設。SVCI(Silicon Valley CISOs Investments)、Databricks Venturesからも戦略的出資を受ける。
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2025年7月、Series B 1億ドルARR 1,300%成長を達成。Fortune 100企業の複数社が顧客に。Evolution Equity Partnersがリード。グローバル展開を加速。
Noma Securityはこの155億円を、エンジニアリング体制の拡張、米国大手顧客の獲得、欧州・アジアへのグローバル展開に充てる予定だ。AIエージェント市場が急速に立ち上がる今、業界の中核となる位置を固めるための先行投資と言える。
AIセキュリティ専業の競合(Lakera、Robust Intelligence、Hidden Layerなど)も同時期に資金調達を進めているが、Noma Securityの1億ドルはこの分野で2025年最大級のラウンドとなった。
Gartnerによれば、2028年までに世界の情報セキュリティ支出は2,920億ドルに達する見通しで、AIエージェントの普及がこの需要をさらに押し上げる。AIエージェントが増えれば増えるほど、セキュリティの需要も比例して増大する。Noma Securityは、この不可逆なトレンドの恩恵を受ける立場にある。
なぜステルス期間に大手企業を顧客にできたのか?
Noma Securityの注目すべき特徴の一つが、ステルス期間中にすでに大手企業の顧客を獲得していた点だ。多くのスタートアップがプロダクトを公開してから顧客獲得に苦戦するのに対し、Noma Securityはローンチ前から金融機関や製薬企業が列をなして待っていた。
背景には、3つの要因が重なっている。まず、創業チームのUnit 8200ネットワーク。金融機関や製薬企業のセキュリティ責任者と直接つながっていたため、プロダクトの相談段階から実装まで一気に進められた。
次に、これらの業界には待てない事情があった。EU AI ActやFDAのAI/MLガイダンスなど、AIエージェントの監査・記録が法律上の必須要件になっており、専用ソリューションが現れた瞬間に飛びついた格好だ。
そして、AIエージェント専用のセキュリティ市場は2024年に出現したばかりで、大手セキュリティ企業がまだ参入できていなかった。「待てない顧客」「信頼される供給者」「競合不在」の3つが重なった瞬間にちょうど現れた会社なのだ。
特に金融機関は、規制要件としてAIの利用状況の監査が義務付けられている。AIエージェントが顧客データにアクセスしている場合、「いつ、どのデータに、なぜアクセスしたか」を記録・報告する必要がある。Noma Securityは、この規制対応を自動化するツールとして、金融業界から圧倒的な支持を得ている。
クラウド時代のWiz、AI時代のNoma
AIセキュリティ市場は、AIそのものの成長に連動して急拡大している。Gartnerによれば、2028年までに世界の情報セキュリティ支出は2,920億ドル(約45兆円)に達する見通しで、AIエージェントの普及がこの需要をさらに上乗せすると見られている。
この市場の特徴は、従来のセキュリティベンダーがすぐには対応できない点にある。CrowdStrike、Palo Alto Networks、Zscalerといった既存大手は、ネットワーク・エンドポイント・クラウドのセキュリティには強いが、AIエージェントの挙動監視という新しい領域には対応が遅れている。
ここで参照したいのが、Wizの成長パターンだ。
Wizは2020年に設立されたイスラエル発のクラウドセキュリティ企業で、クラウド環境のアプリケーション脆弱性をエージェントレス(ソフトウェアをインストールせずに)でスキャン・検出する独自アプローチで急成長した。創業から18ヶ月でARR 1億ドルを突破、4年で5億ドルに到達、2025年3月にGoogleが320億ドル(約4兆9,600億円)での買収を発表した(同社史上最大の買収、2026年3月クローズ)。クラウド移行が一気に進む2020年代前半のセキュリティ需要のギャップに完璧にハマった、業界の伝説となった事例だ。
Wizが捉えたのは「クラウド移行の急加速に伴うセキュリティ需要のギャップ」。Noma Securityが捉えているのは「AIエージェント導入の急加速に伴うセキュリティ需要のギャップ」。再演されているのは、構造そのものだ。
日本企業が今すぐ考えるべきAIセキュリティ
日本企業のAI導入は加速しているが、セキュリティ面での対策は大きく遅れている。多くの日本企業が「まずAIを導入する」ことに注力しており、「AIを安全に運用する」ことへの投資が後回しになっている。
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AI導入とセキュリティは同時に考えるAIエージェントを導入してからセキュリティを後付けするのでは遅い。Noma Securityが示すように、導入段階からセキュリティをビルトインすることが重要だ。
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規制への先回りEU AI Actに続き、日本でもAI規制の議論が進行中だ。AIエージェントの監査証跡を自動で残せる仕組みを早期に導入しておくことが、将来の規制対応コストを大幅に削減する。
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セキュリティ人材の不足日本のサイバーセキュリティ人材は慢性的に不足している。AI時代のセキュリティには、AIとセキュリティの双方を理解する人材が必要だが、その供給はさらに限られている。
Noma Securityの1,300%成長が示しているのは、「AIセキュリティは後付けのコストではなく、AI導入の前提条件である」という認識の広がりだ。世界のFortune 100企業がAIエージェントのセキュリティに投資し始めた今、日本企業もこの流れに遅れを取るわけにはいかない。
Unit 8200出身のチームがステルス段階から大手企業の顧客を獲得できた理由は、問題の深刻さを、創業者自身が身をもって知っていたからだ。共同創業者でCEOのニブ・ブラウンはUnit 8200でセキュリティマネジャーとして従事した後、顧客体験自動化企業Verintにてセキュリティ製品部門を立ち上げ、責任者を務めた。そこで目撃したのが「既存のセキュリティツールはすべて従来型のソフトウェアライフサイクルを前提に設計されており、データとAIのライフサイクルにはそのまま適用できない」という構造的な空白だった。この現場での気づきが、2023年のNoma Security創業の直接の出発点になっている。共同創業者でCTOのアロン・トロンも同じUnit 8200の出身で、2人はそこで出会った。トロンはその後ヘブライ大学でデータサイエンスを学び、AIスタートアップのInterAIでData Science Leadを務めた経歴を持つ。セキュリティと機械学習、双方の専門性を同じチームに備えていたことが、後発ながら大手企業に即座に採用される製品を生んだ背景にある。
起業家への示唆
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「自分が現場で見た空白」が最強の参入根拠になるブラウンは大企業の内側でAIセキュリティの空白を実感し、そのまま起業した。市場調査レポートより、現役のプロが「今ここにない」と確信した体験の方が強い根拠になる。
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規制義務が「待てない顧客」を生むEU AI ActやFDAのAIガイダンスなど、コンプライアンス要件が課されると顧客は選択肢を比較する余裕がなくなる。規制の施行タイミングとプロダクトのローンチを合わせることで、ステルス中でも顧客が列をなす状態を作れる。
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既存大手が「設計上」対応できない領域を狙えCrowdStrikeやPalo Alto Networksは従来型ソフトウェアの監視を前提に設計されており、AIエージェントへの対応は構造的に難しい。大手が「苦手」なのではなく「設計上できない」領域こそ、スタートアップが正面から入れる市場だ。
※本文中の円換算は1ドル=155円で計算した参考値です。為替レートにより実際の金額は変動します。



