なぜ「完全再利用」が重要なのか
公開情報によると、
SpaceXのFalcon 9は、ロケットの再利用という概念を現実にした。第1段ブースターが着陸し、再び打ち上げに使われる光景は、もはや日常になった。しかし、Falcon 9でさえ「部分的な再利用」に留まっている。上段(第2段)は毎回使い捨てであり、打ち上げコストの大幅な削減にはまだ壁がある。
Stoke Spaceが挑んでいるのは、その壁の先にある「完全再利用」だ。第1段も第2段も、すべてを回収し、再利用する。これが実現すれば、宇宙へのアクセスコストは劇的に下がる。航空機が毎回使い捨てでないように、ロケットも繰り返し使えるものになる — というビジョンだ。
2020年にワシントン州ケントで創業されたStoke Spaceは、わずか5年で累計$1.34Bの資金を調達し、米国防総省のNSSL(National Security Space Launch)Phase 3に$5.6Bの契約枠で選定された。SpaceXとULAが長年独占してきた国家安全保障ミッションの打ち上げに、新興企業として参入を果たしたのだ。
Blue Origin出身の2人が見た可能性
Stoke Spaceの共同創業者、Andy LapsiusとTom Feldmanは、ともにBlue Originで長年ロケットエンジニアとして働いていた。Lapsiusはエンジン開発のリーダーとして、FeldmanはNew Shepardの再利用技術に携わっていた。
Blue Originでの経験は、彼らに2つの確信を与えた。一つは、完全再利用ロケットは技術的に実現可能であるということ。もう一つは、大企業の中ではそのスピードで開発を進めることが構造的に難しいということだ。
2020年、二人はBlue Originを離れ、Stoke Spaceを設立した。社名の「Stoke」は、炉の火を焚きつけるという意味を持つ。宇宙産業の次の革新に火をつける — そんな思いが込められている。
初期の開発は、ワシントン州の小さな施設で始まった。大企業のリソースはないが、意思決定のスピードがある。「失敗して学ぶ」サイクルを大企業の10倍の速さで回すというのが、彼らの基本戦略だった。実際にStoke Spaceは創業から3年足らずで第2段のホバーテスト飛行に成功し、業界を驚かせた。
革新的な技術アプローチ
Stoke Spaceの技術で最も革新的なのは、第2段の再利用方法だ。通常、第2段は軌道速度(秒速約7.8km)で飛行しているため、大気圏再突入時に猛烈な熱にさらされる。SpaceXのStarshipが耐熱タイルを使うのに対し、Stoke Spaceは「再生冷却式ヒートシールド」という独自のアプローチを採用している。
再生冷却式ヒートシールドとは、ロケットエンジンで使われる冷却技術を機体全体に応用したものだ。ロケットエンジンのノズルは、燃料を壁面に流すことで数千度の燃焼ガスに耐えている。Stoke Spaceはこの原理を第2段の底面全体に適用し、大気圏再突入時の熱を能動的に処理する。
さらに特徴的なのは、第2段の底面に配置された15基の小型エンジン群だ。これらは打ち上げ時の推進力としてだけでなく、再突入時の姿勢制御と着陸時の減速にも使用される。一つのコンポーネントに複数の機能を持たせることで、機体の簡素化と信頼性の向上を両立させている。
防衛優先モデルという戦略
多くの宇宙スタートアップが商業衛星の打ち上げ市場を狙う中、Stoke Spaceは明確に異なる戦略を取った。最初の顧客として米国防総省を優先する「防衛優先モデル」だ。
この判断は、純粋にビジネス的な合理性に基づいている。国防総省のNSSLプログラムは、数十億ドル規模の長期契約を提供する。しかも、国家安全保障ミッションは打ち上げ回数こそ年間数十回だが、1回あたりの単価が桁違いに高い。商業市場のように価格競争に巻き込まれるリスクが低い。
2024年、Stoke Spaceは米宇宙軍のNSSL Phase 3「Lane 1」に選定された。これはSpaceX、ULA、Blue Originと並ぶ位置づけであり、創業からわずか4年の企業としては異例の成果だ。防衛市場での実績は、商業市場への参入時にも強力な信頼の証となる。
さらに重要なのは、防衛契約が開発資金の安定的な供給源になるという点だ。ロケット開発は莫大な資金を要する。VCからの調達だけでは限界がある。政府契約による安定収入は、長期的な技術開発を支える生命線だ。SpaceXもCRS(Commercial Resupply Services)やCCDev(Commercial Crew Development)というNASAとの契約が成長の礎になった。Stoke Spaceは同じパターンを、防衛市場で再現しようとしている。
$1.34Bの資金調達と今後
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2020年 — 創業Andy LapsiusとTom FeldmanがBlue Originを離れ、ワシントン州ケントでStoke Spaceを設立。
- 2
2022年 — 初のホバーテスト成功第2段(上段)の垂直離着陸テストに成功。完全再利用の技術的実現性を実証。
- 3
2024年 — NSSL Phase 3選定米宇宙軍の次世代打ち上げプログラムに選定。SpaceX、ULAと並ぶポジションを獲得。
- 4
2025年 — Series D、$510M累計調達額$1.34B。初の軌道打ち上げに向けた最終開発フェーズへ。
$1.34Bという累計調達額は、宇宙スタートアップとしては大型だが、ロケット開発のスケールを考えると必要十分な規模だ。SpaceXはFalcon 1の開発だけで初期に約$1Bを費やしている。Stoke Spaceの資金効率は、Blue Originでの経験を活かした設計の最適化によるところが大きい。
今後のロードマップとしては、2026年から2027年にかけての初の軌道打ち上げが計画されている。成功すれば、SpaceXのStarshipに続く完全再利用ロケットとなる。複数の完全再利用ロケットが競い合う時代が、いよいよ現実味を帯びてきた。
日本のスタートアップが学べること
Stoke Spaceの物語は、ディープテック・スタートアップに普遍的な示唆を与えてくれる。
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大企業での経験は、スタートアップの最大の資産になるLapsiusとFeldmanはBlue Originでの経験がなければStoke Spaceを創業できなかった。日本でも、JAXA、三菱重工、IHIなどの大企業からスピンアウトするディープテック起業には大きなポテンシャルがある。
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「最初の顧客」を政府にする戦略防衛優先モデルは、日本のディープテックにも応用可能だ。防衛省、JAXA、NEDOなどの政府機関との契約は、VCだけに頼らない持続可能な成長モデルを提供する。
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「部分最適」ではなく「全体最適」を目指すStoke Spaceは最初から完全再利用を設計に組み込んだ。後から再利用機能を追加するのではなく、最初から全体をゼロから設計する。この思想は、日本のものづくりが陥りがちな「改善の積み重ね」とは根本的に異なるアプローチだ。
日本の宇宙産業は、インターステラテクノロジズやスペースワンなど、新興ロケット企業が登場し始めている。しかし、完全再利用という最終目標に向けた取り組みは、まだ本格化していない。Stoke Spaceの技術的アプローチと事業戦略は、日本の宇宙スタートアップにとって貴重なケーススタディになるだろう。
「完全再利用」という究極の目標から逆算して設計する — この思想は宇宙産業に限らず、あらゆるディープテック領域に通じる。最初から理想を設計に組み込む勇気が、Stoke Spaceを$1.34Bの企業に押し上げたのだ。
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