CMU教授2人の野望
公開情報によると、この記事では「のロボット脳 Skild AIが2年で作り上げたもの」について詳しく解説します。
2023年、カーネギーメロン大学(CMU)のロボティクス研究所から、一つのスタートアップが生まれた。Skild AI。共同創業者はDeepak Pathak教授とAbhinav Gupta教授 — いずれもCMUでロボティクスとAIの最前線を走る研究者だ。
二人が見ていた課題はシンプルだった。世界中のロボットは、それぞれ独自の「脳」を持っている。工場の溶接ロボット、倉庫の搬送ロボット、手術支援ロボット — すべてが専用ソフトウェアで動いている。これは、スマートフォンが登場する前の携帯電話市場に似ている。機種ごとにOSが異なり、アプリの互換性がなかった時代だ。
PathakとGuptaは、ロボティクスに「汎用OS」を作ろうとしている。あらゆるロボットのハードウェアに載せられる、一つの基盤モデル。ロボットの形状や用途が変わっても、同じ「脳」が適応して動く。これがSkild AIのビジョンだ。
創業からわずか2年足らずで、Skild AIは評価額$14B(約2兆円)に到達した。SoftBank、Nvidia、Lightspeed Venture Partners、Coatue、Jeff Bezosなど、世界の錚々たる投資家が出資している。ロボティクス分野でこれほど急速に評価額が膨らんだスタートアップは、過去に例がない。
なぜ「汎用ロボット脳」なのか
従来のロボティクスは「専用設計」が当たり前だった。自動車工場のロボットアームは溶接だけができればいい。Amazonの倉庫ロボットは棚を運べればいい。それぞれの用途に特化したソフトウェアが、それぞれのロボットに組み込まれていた。
しかし、この専用設計アプローチには限界がある。ロボットが新しいタスクを学ぶたびに、ゼロからプログラムを書き直す必要がある。工場のレイアウトが変われば再プログラミング。新しい製品を扱うなら再開発。この「スケールしない構造」が、ロボティクスの普及を妨げてきた最大の要因だ。
Skild AIのアプローチは根本的に異なる。大規模言語モデル(LLM)がテキストを理解するように、Skildの基盤モデルは「物理世界の動き」を理解する。ロボットがどう動けば物を掴めるか、どう歩けば階段を上れるか — こうした物理的な直感を、一つの巨大なモデルに学習させている。
シミュレーションで1000倍の訓練データ
AI基盤モデルの性能は、訓練データの量と質で決まる。OpenAIがインターネット上のテキストデータを大量に集めてGPTを訓練したように、Skild AIはロボティクスの訓練データをシミュレーションで大量生成している。
現実世界でロボットを動かしてデータを集めるのは、時間もコストもかかる。ロボット1台が1時間で生成できるデータ量は限られている。しかし、シミュレーション環境であれば、数千台のロボットを同時に動かし、現実の1000倍のスピードでデータを生成できる。
Skild AIは、NvidiaのGPUクラスタとIsaac Simプラットフォームを活用し、膨大な量のシミュレーションデータを生成している。二足歩行、四足歩行、ドローン飛行、マニピュレーション — あらゆる種類のロボットの動作データが、このシミュレーション環境で生成され、基盤モデルに投入される。
$1.7B超の資金調達と$14B評価
Skild AIの資金調達は、ロボティクスAI分野の歴史を塗り替えた。2024年にシリーズAで$300Mを調達し、わずか数か月後のシリーズBで$500Mを追加。直近のラウンドでは$1.5Bを調達し、累計調達額は$1.7Bを超えた。評価額は$14Bに達している。
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2023年 — 創業CMU教授のPathakとGuptaがSkild AIを設立。ステルスモードで基盤モデル開発を開始。
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2024年前半 — シリーズA $300MLightspeed、Coatue、SoftBankが出資。ロボティクスAI分野で異例の大型ラウンド。
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2024年後半 — シリーズB $500MNvidia、Jeff Bezosが参加。評価額は$4Bに。GPU調達とシミュレーション基盤の拡大。
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2025年 — 追加ラウンド $1.5B・評価額$14BSoftBankが追加出資をリード。世界最大級のロボティクスAI企業に。
注目すべきは、この資金の使途だ。Skild AIは調達した資金の大部分を計算リソース — つまりGPUクラスタの確保に充てている。基盤モデルの訓練には膨大な計算力が必要であり、NvidiaのH100やその後継チップを大量に調達している。これは、OpenAIやAnthropicがLLMの訓練に莫大な計算リソースを投入しているのと同じ構図だ。
IIT-Kanpurからピッツバーグへ
Skild AIの創業者たちには、共通のルーツがある。Deepak PathakとAbhinav Guptaはいずれもインド工科大学カンプール校(IIT-Kanpur)の出身だ。インドが世界に送り出してきた最高峰の技術人材の系譜に連なる二人である。
IIT-Kanpurからアメリカの大学院へ、そしてCMUの教授職へ。この「インドのエリート理工系大学からアメリカのトップ研究機関へ」というパスは、シリコンバレーのAI革命を支える重要な人材パイプラインとなっている。GoogleのSundar Pichai(IIT-Kharagpur出身)、MicrosoftのSatya Nadella(Manipal Institute出身)と同様に、インドの教育機関がグローバルテック産業を支えている構図だ。
二人がCMUを拠点にしたことも意味がある。CMUのロボティクス研究所は世界最大級であり、Uber ATG、Argo AI、Aurora Innovationなど、自動運転分野の主要企業の多くがCMUの研究から生まれた。ピッツバーグは「ロボティクスのシリコンバレー」と呼ばれるほど、この分野の人材と知見が集積している。
ロボティクスの「GPTモーメント」
2022年11月、ChatGPTの公開はAI業界に衝撃を与えた。テキスト生成AIが一般消費者にまで届く「GPTモーメント」だった。Skild AIが目指しているのは、ロボティクスにおける同様の転換点だ。
現在のロボティクスは、ChatGPT以前の自然言語処理と似た状況にある。個別タスクごとに専用モデルを作り、汎用性がない。しかし、LLMが「一つのモデルで翻訳も要約も対話もできる」ことを証明したように、Skildの基盤モデルは「一つのモデルで歩行も把持も組立もできる」ことを目指している。
この「汎用性」こそが、投資家を熱狂させている理由だ。もしSkildの基盤モデルが本当に機能すれば、ロボティクス産業全体のソフトウェアレイヤーを独占できる可能性がある。ハードウェアメーカーは自社のロボットにSkildのモデルを搭載するだけでいい。まさに、AndroidがスマートフォンのOSを統一したのと同じ構図だ。
日本のロボット産業への示唆
日本は世界有数のロボット大国だ。ファナック、安川電機、川崎重工 — 産業用ロボットの分野では世界をリードしてきた。しかし、Skild AIの登場は、日本のロボット産業に重要な問いを投げかけている。
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ハードウェアだけでは勝てない時代日本メーカーはロボットの「体」を作る技術で世界一だ。しかし、ロボットの「脳」 — AIソフトウェア — のレイヤーで勝負できなければ、ハードウェアはコモディティ化する。
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基盤モデルへの投資が急務Skild AIのような汎用ロボットAIが普及すれば、日本メーカーはソフトウェアを外部に依存することになる。自社で基盤モデルを開発するか、戦略的パートナーシップを結ぶか — 早急な意思決定が求められる。
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シミュレーション技術への投資Skild AIの競争優位はシミュレーションによるデータ生成にある。日本は現場の実データには強いが、シミュレーション技術への投資が相対的に不足している。
一方で、日本には大きなチャンスもある。少子高齢化により、ロボットの需要は世界のどの国よりも切実だ。介護、物流、農業、建設 — あらゆる現場で人手不足が深刻化しており、汎用ロボットAIへの需要は膨大にある。Skild AIのような企業と連携し、日本のハードウェア技術とアメリカのAI技術を組み合わせることができれば、世界最先端のロボティクスエコシステムを構築できる可能性がある。
CMU教授2人がわずか2年で$14Bの企業を作り上げた事実は、ロボティクスの「ソフトウェア化」が急速に進んでいることを示している。日本のロボット産業がこの波を取り込めるかどうかが、次の10年の競争力を左右するだろう。
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