避けては通れない、起業のバックオフィス問題
スタートアップを始めるとき、創業者の頭にあるのはプロダクトのことだ。どんな課題を解決するか、誰に届けるか、どう成長させるか。しかし現実には、プロダクト開発以前に膨大な「管理業務」が待ち構えている。
法人銀行口座の開設、給与計算システムの導入、健康保険の手配、法人カードの申請、税務処理の準備。創業者が最もやりたくない仕事、しかし避けて通れない仕事が山積みなのだ。米国のスタートアップの場合、これらのバックオフィス業務を立ち上げるだけで平均して6〜8週間を要すると言われている。
問題はそれだけではない。銀行はA社、給与計算はB社、福利厚生はC社、法人カードはD社。それぞれ別のSaaSに契約し、別のダッシュボードにログインし、データを手動で連携しなければならない。バックオフィスの断片化が、スタートアップの貴重な時間とエネルギーを奪っているのだ。
Every.ioが束ねた5つのサービス
Every.io(エブリ)は、この断片化問題に対して極めてシンプルな解を提示した。バックオフィスに必要な全てを、ひとつのプラットフォームに統合する。銀行口座、給与計算、税務処理、福利厚生、法人カード。すべてが1つのダッシュボードで完結する。
従来のアプローチでは、これら5つの機能に対してそれぞれ別のベンダーと契約する必要があった。Gusto(給与計算)、Mercury(法人銀行)、Brex(法人カード)、Justworks(福利厚生)。優れたサービスが個別に存在していたが、それらを統合する「のり」は人間の手作業だった。
Every.ioの強みは、これらが最初から一体として設計されている点にある。銀行口座の入金情報が自動で給与計算に反映され、給与支払いが自動で経費に計上され、税務申告に必要なデータが自動で集約される。創業者が触るのは1つのダッシュボードだけだ。
78%が使いたいと答える理由
公開情報によると、Every.ioの最も注目すべき数字は、顧客の78%が全機能を利用しているという事実だ。
SaaSの世界では「機能を増やしても使われない」というのが定説だ。多くの企業が「オールインワン」を謳いながら、実際には1〜2機能しか使われず、結局はポイントソリューションに負ける。しかしEvery.ioでは真逆の現象が起きている。ユーザーは「全部使いたい」のだ。
理由はシンプルだ。バックオフィス業務は、それぞれが密接に連携している。銀行口座と給与計算は切り離せない。給与計算と税務は切り離せない。福利厚生と給与は切り離せない。バラバラに提供する方が不自然であり、統合こそが自然な姿なのだ。
2度目の起業で見えた景色
Every.ioのCEO、Rajeev Beheraは連続起業家だ。彼の1社目はReflektive。従業員パフォーマンス管理SaaSで、数百社の顧客を獲得した後、2021年にPeopleFluent社に買収された。
Reflektiveを運営する中で、Beheraはバックオフィスの断片化問題を身をもって経験した。「スタートアップを成長させるたびに、同じバックオフィスの問題に何度もぶつかる。なぜ誰もこれを解決しないのか」。この原体験がEvery.ioの原点だ。
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Reflektiveでの原体験バックオフィスの設定に数週間。ベンダー間のデータ不整合。手動での入力ミスによる税務リスク。これらの問題を創業者として直接体験。
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Every.io創業(2022年)バックオフィス統合プラットフォームの構想を具体化。銀行ライセンスの取得準備から着手。
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Series A($22.5M)調達投資家の反応は好意的。「なぜ今までなかったのか」という声が多数。プロダクト完成度の高さが評価される。
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急速なPMF達成ローンチ後、口コミだけで顧客が拡大。78%のフルスイート利用率がプロダクト・マーケット・フィットを証明。
2度目の起業には圧倒的なアドバンテージがある。市場の解像度が高く、顧客の真の課題を深く理解している。「何を作らないか」を知っていることが、プロダクトの完成度を引き上げる。Beheraがバックオフィスの統合という壮大なビジョンを実現できたのは、1社目の経験があってこそだ。
なぜ今、Every.ioが現れたのか。業界の循環
テクノロジー業界には「バンドルとアンバンドルの循環」という有名なフレームワークがある。大きなプラットフォームがバラバラに分解され(アンバンドル)、やがて再び統合される(バンドル)という循環だ。
過去10年間、バックオフィスSaaSの世界では「アンバンドル」の時代が続いていた。給与計算に特化したGusto、法人銀行に特化したMercury、法人カードに特化したBrex。各領域で「ベスト・オブ・ブリード」を目指すプレーヤーが急成長した。
Every.ioは「リバンドル」の先駆者だ。しかし、単に既存サービスを寄せ集めたのではない。ゼロから統合設計されたプラットフォームとして構築されている。この違いは大きい。後付けの統合は必ずデータの不整合やUXの不統一を生むが、最初から一体として設計されたシステムにはそれがない。
バックオフィスのプラットフォーム化、日本市場への可能性
日本のスタートアップエコシステムにとって、Every.ioの事例は極めて示唆に富む。
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日本こそバックオフィスの断片化が深刻freee、マネーフォワード、SmartHR、KING OF TIME、ラクス。日本にも優れたバックオフィスSaaSがあるが、それぞれが独立しており統合は手動だ。日本版Every.ioには巨大な市場機会がある。
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「創業者の原体験」が最強のプロダクト仕様書Beheraが自身の起業経験からEvery.ioを構想したように、日本のバックオフィス課題を最も深く理解しているのは日本の起業家自身だ。ドメインエキスパートによる創業が、日本でも増えるべきだ。
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「全部入り」の勝機日本の中小企業やスタートアップは、複数のSaaSを使い分けるリテラシーやリソースを持たないことが多い。「1つで全部できる」ことの価値は、米国以上に大きい可能性がある。
Every.ioが証明しているのは、「ユーザーが本当に求めているのは個別の機能ではなく、課題の解決だ」という本質だ。スタートアップの創業者が求めているのは「給与計算ソフト」ではなく「会社を運営すること」だ。その視点に立てば、バンドル(統合)は単なるビジネスモデルの選択ではなく、ユーザーへの共感の表れなのだ。
日本のスタートアップ支援の形も、きっとまだ進化の余地がある。起業のハードルを技術的にゼロに近づける。Every.ioが米国で見せているビジョンは、日本でも実現されるべきものだ。
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