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World Startup Report

ユーザーを営業マンに。Notionが仕掛けた成長戦略

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ABOUTUS編集部
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創業者Ivan Zhao、妥協を知らない完璧主義者

Notionのページ画面

Notionの物語を語るには、創業者Ivan Zhaoという人物を理解しなければならない。中国・新疆ウイグル自治区で生まれ、後にカナダのブリティッシュコロンビア大学で認知科学を学んだZhaoは、当時のプロダクティビティツールがメモ、タスク管理、ドキュメントと分断されていることに、疑問を抱いた。「なぜ、すべてを一つの場所で自由に組み立てられないのか」。その問いが、Notionの原点だった。

彼のヒーローはAlan Kay、パーソナルコンピュータの父と呼ばれる研究者だ。Kayが1970年代に構想した「Dynabook」は、誰もがプログラミングなしにコンピュータを自在に使いこなせる未来を描くものであった。Zhaoはこのビジョンに取り憑かれた。

「ソフトウェアは本来、レゴのように組み立てられるべきだ。なぜ私たちは何十もの異なるツールを使い分けなければならないのか」
Ivan Zhao, Notion CEO

そこで2013年、ZhaoはNotionを共同創業する。しかし、最初のプロダクトは失敗した。技術的に複雑すぎるが故に、ユーザーに価値を伝えられなかったのだ。Zhaoは完璧主義者だった。中途半端なものを出すくらいなら、出さないほうがいい。この信念が、Notionを何度も危機に追い込むことになる。

Zhaoの完璧主義は、プロダクトのあらゆるディテールに表れている。Notionのアイコン、タイポグラフィ、アニメーション、すべてが入念にデザインされている。彼は「ソフトウェアは美しくなければならない」と信じていた。この美意識こそが、後にNotionが他のプロダクティビティツールと一線を画す要因となる。

サンフランシスコから、京都へ。崖っぷちからの再生

2015年、Notionはほぼ死にかけていた。サンフランシスコでの運営コストは高く、チームは最小限まで縮小された。資金は底をつきかけ、Zhaoは全社員を解雇せざるを得なかった。残ったのは、Zhaoと共同創業者のSimon Lastの二人だけだった。

ここでZhaoは、驚くべき決断をする。サンフランシスコを離れ、京都に移住してプロダクトをゼロから作り直すことにしたのだ。

「京都を選んだのは、生活費が安かったからだけではない。静かで、集中できて、美しいものに囲まれた環境が、プロダクトを作り直すのに必要だった」
Ivan Zhao, Notion CEO

京都の小さなアパートで、二人は約1年をかけてNotionを完全に作り直した。この時期は「Notion 1.0を捨てて2.0を作る」フェーズだった。サンフランシスコのスタートアップ文化特有のスピード至上主義から離れ、じっくりとプロダクトに向き合う時間を、京都で得たのだ。

日本の伝統的な美意識、余白を大切にし、必要最小限の要素で最大の表現をすることは、Notionのデザイン哲学に影響を与えたとも言われている。実際、Notionのインターフェースは驚くほどミニマルだ。白い余白、控えめなアイコン、そして無限の可能性。この「シンプルさの中の奥深さ」は、まさに日本の美学と通じるものがある。

そしてついに2016年、京都で作り直されたNotion 2.0がリリースされた。今度は、ユーザーに受け入れられた。Product Huntで大きな反響を呼び、テック業界のアーリーアダプターたちが飛びついた。京都での「死と再生」が、Notionの転機となったのだ。

目指したのはLegoブロックのようなプラットフォーム

Notionのカンバンビュー

Notionのプロダクト哲学を一言で表すなら「Legoブロック」だ。Zhaoは繰り返しこのメタファーを使う。

NOTIONの「ブロック」思想
従来のツール
用途別に分離
ドキュメント、スプレッドシート、タスク管理、Wikiなど、すべてが別のアプリ。
VS
NOTION
ブロックで構成
テキスト、表、カンバン、カレンダーなど、すべてが「ブロック」として自由に組み合わさる。

従来のプロダクティビティツールは、機能ごとに分断されていた。ドキュメントを書くならGoogle Docs、タスク管理ならAsana、Wikiを作るならConfluence、データベースを管理するならAirtable。それぞれが独立したアプリケーションであり、データの連携は限定的だった。

Notionは、これらすべてを「ブロック」という統一された構成要素で実現した。テキストブロック、見出しブロック、画像ブロック、テーブルブロック、カンバンボード、すべてが同じページ上に共存できる。しかも、それぞれのブロックは自由にドラッグ&ドロップで配置を変えられる。

「Notionは”ツール”ではなく”プラットフォーム”だ。ユーザーが自分のワークフローに合わせて、自由にシステムを構築できる。プログラミングの知識は不要だ」
Ivan Zhao, Notion CEO

この設計思想は、Alan Kayの「Dynabook」構想に直接つながっている。誰もがプログラマーのように自由にツールを組み立てられる。Notionは、その夢を2020年代のウェブアプリケーションとして実現したのだ。

一方で、この自由度の高さは諸刃の剣でもあった。「何でもできる」は「何をすればいいかわからない」にもなり得る。Notionが本当に普及したのは、テンプレートという概念が広まってからだ。他のユーザーが作った美しいテンプレートをコピーするだけで、すぐに使い始められる。この「自由と型の両立」が、Notionの成功を決定づけた。

完全無料化の狙い

Notionのプロジェクト管理

Notionの成長を語る上で、フリーミアムモデルの存在は欠かせない。2020年、Notionは個人利用を完全無料化するという大胆な決定を下した。

NOTIONの料金戦略
FREE
個人利用は無制限。ページ数・ブロック数に制限なし。一人で使う分にはすべての機能が利用可能。
PLUS / BUSINESS
チームでの共同編集、高度な権限管理、無制限のファイルアップロードなど。チーム規模に応じた課金。
ENTERPRISE
大企業向け。高度なセキュリティ、SSO、監査ログ、専用サポートなど。

公開情報によると、この戦略の狙いは明確だった。まず個人ユーザーにNotionを使い倒してもらい、その人が会社でも「Notionを使おう」と提案する。個人の熱狂がチームの導入を生み、チームの導入が全社展開につながる。営業部隊が売り込むのではなく、プロダクト自体が営業マンになるのだ。こうして口コミのように広がったNotionは、個人の体験を通して、根強い人気と愛用者を増やしていった。

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